災害対策基本法の課題~災害ケースマネジメントと生活復興基本法の視点を~

特集:災害対策基本法制定 60周年

銀座パートナーズ法律事務所 弁護士
岡本正
2021年12月1日

 1959 年の伊勢湾台風を契機として1961 年に災害対策基本法が成立してから60 年が経過した。この間にも大災害の教訓を残す法改正が繰り返されている。2011 年の東日本大震災後には国や自治体のみならず民間ボランティアの役割が法令で明確に言及された。雪害や大規模水害の教訓から復旧対応に伴う私的財産補償の議論も進んだ。では、災害対策基本法が今後目指すべき方向性や残された課題には何があるのだろうか。紙面の都合でピンポイントにはなるが、『災害復興法学』研究を興した立場から、①災害ケースマネジメントを実現するための専門職派遣システムの整備と予算措置、②被災者個人の生活再建の達成を軸とした生活復興基本法の視点の付加、の2 点を指摘しておきたい。
 災害ケースマネジメントとは、被災者ひとり一人の状況を把握し、実情に応じたきめ細やかな情報提供や支援メニューを選択できるようにしながら生活再建を達成しようとする考え方である。災害対策基本法は、国、自治体、特定の民間主体についてはその責務と役割を明記している。しかし、各主体が個々の被災者に対しどのようにアウトリーチし、復興や生活再建を支援すべきかという手法論は明確にしていない。アウトリーチの担い手は、資格等を有する専門職が中心となる。ところがその専門職の法的位置(言ってしまえば事前の人的派遣体制の構築や活動予算の措置)は明確になっているとは言い難い。任意で参加して復興支援を行う、いわゆる一般市民ボランティアと、専門職として関わるべき知識技能的ボランティアを区別し、後者においては国が采配する人的派遣制度を構築し、中長期の専門家活動を支える予算措置を講じることが必要だと考える。災害関連死を防ぐための環境整備には、医療・看護・福祉のあらゆる専門職の関与が不可欠である。避難所運営では栄養士や調理師の存在も必要であろう。弁護士などの法務の専門家は、生活再建に役立つ法制度情報をきめ細やかに提供し、情報支援漏れを防ぐ役割を担うだろう。これらの専門職が災害対策基本法の中で、より明確な立ち位置を与えられてこそ、担い手が育ち、災害ケースマネジメントが実効的なものとなる。
 生活復興基本法の基軸となるのは、「人間の復興」の視点である。現行の災害対策基本法や災害救助法などの行政機関の責務を規律する法令は、緊急・応急的な対応という時間的に狭い領域を主眼においているとともに、ハード復旧が強調されていると思われる側面が否めない。個人の生活再建の達成への総合的な視野は、必ずしも明確になっていないのである。東日本大震災を契機に、被災者の災害直後からの「リーガル・ニーズ」が大量に分析され、そこからどのような生活再建手法が最も有益であるか、どのような法整備を行うべきかといった議論もだいぶ整理されてきた。いまこそ、災害直後から生活再建の達成に至るまでを一気通貫する「生活復興基本法」と呼べるような視点を、災害対策基本法の中に盛り込むべきである(岡本正『災害復興法学の体系:リーガル・ニーズと復興政策の軌跡』参照)。それは結局のところ、災害対策基本法を軸として、災害救助法、被災者生活再建支援法、災害弔慰金法、特定非常災害特別措置法、自然災害義援金差押禁止法、激甚災害法、自然災害債務整理ガイドライン、政府の事務連絡や通知等の中に散らばる被災者の生活再建の達成に役立つ先例情報等を参照し、発災から「人間の復興」に至るまでの時系列を意識して、整理・体系化していく作業(岡本正『被災したあなたを助けるお金とくらしの話』参照)に他ならないのである。