2021年7月3日熱海市土砂災害 -様々な要因を見ることの重要性-

特集:2021年7月 熱海伊豆山土石流災害の課題

静岡大学防災総合センター 牛山素行
2021年9月1日

 2021年7月3日の昼前、梅雨前線に伴う大雨により静岡県熱海市伊豆山地区で大規模な土石流が発生し、死者・行方不明者27人に上る土砂災害となった。系統的な統計はないので取り急ぎ各種文献を当たった結果だが、「1箇所の土砂災害における死者・行方不明者」として直近でこれを上回る事例は昭和57(1982)年7月豪雨(長崎大水害)時の長崎市川平での土石流による死者34人まで遡ることになろう。

 この災害の特徴は、発生に至る大きな要因の1つに人的な要因が存在した可能性が高そうなことだろう。静岡県の7月13日公表資料によれば、土石流につながった崩壊の源頭部付近に54,000m3以上の人工的な盛り土があり、流出土砂のほとんどがこの盛り土とみられるとのことである。この盛り土は2010年頃に造成されたが、行政への届出を大きく上回る規模で行われ、再三の行政指導にもかかわらず所有者による対策が行われなかったとも指摘している。この盛り土が水の集まりやすい谷地形の最上部に造成されていたこと、近隣の県観測所では2011年以降で最多の累加雨量(静岡県では降水量0mmが6時間継続でリセットされる積算降水量)だったことなどの複合的な要因で土石流が発生し、盛り土が存在したことで被害が拡大した、というのが県の見方のようである。筆者は土砂移動現象のメカニズムについては専門でないが、関連分野の研究者の視点で見ても、これらの説明は格別に不合理とは思わない。

 過去の風水害でも人的な要因が「原因」との声は数多く聞かれた。しかし、自然災害は様々な要因の組み合わせで生じる事が一般的でもあり、人的要因が大きな役割を果たしたと行政機関自身が発災直後に明確に指摘することは、日本の自然災害においては極めて異例と言えよう。静岡県は専門的な内容を含む情報を積極的に公開し、土木技術者で土砂移動現象についての専門性を有する副知事が自ら連日長時間にわたり詳しい説明を行った。どの県でも実施可能なこととは思えないが、この取組自体は有益で高く評価できる。

 一方、この災害の「原因」として「盛り土の問題」ばかりが注目されることは注意が必要と思われる。災害の構造について「災害は誘因が素因に作用して発生する」との説明の仕方がある。素因とはその土地が持っている災害に関わる性質であり、地形・気候などの自然素因と人口などの社会素因がある。誘因とは災害の引き金となる現象であり、たとえば地震・大雨などのハザードである。

 今回の土石流の誘因は大雨と言えよう。崩壊源頭部の南約9kmの気象庁網代観測所では、土石流発生直前の7月3日10時時点で48時間・72時間降水量が「盛り土」造成後の2011年以降最大となっていた。1時間など短時間の降水量は激しくなく、あらゆる観点から見て最近記録されていない大雨とまでは言えないが、軽視できる規模の雨でもなかった。

 「盛り土」が「谷の最上部にあったこと」が重要な素因の一つだったことは間違いないだろうが、他にも素因はある。まず、この渓流が過去繰り返し土石流が流下して形成された地形(国土地理院の火山土地条件図では土石流堆積地と分類)である事は無視できない。ハザードマップでも、今回土石流により家屋流失などの大きな被害が出た範囲は土砂災害警戒区域と示されている。また国土地理院の資料では被害範囲の勾配は約11度で、これは土石流は堆積しはじめるが土砂は流下する勾配で、土石流による被害を大きく受けうる場所と言える。また、ここに家屋が密集していたことも素因に挙げられる。空中写真からの判読では流失家屋のほとんどは戦後に形成されたもので、以前は人が居住していなかった地域とも言える。

 これらの素因のどれがどの程度大きな役割を果たしたかを評価することは極めて困難と思われるが、様々な素因が存在したことは事実だろう。「盛り土」がなければ「今回の大雨では」土石流は発生しなかったかもしれない。しかし、地形的にみればこの場所を将来土石流が流下しないことは考えられず、そうした場所に宅地が広がっていたこともまた現実である。また、素因・誘因に明確にはあてはまらないが、避難情報のあり方も要因の一つとなろう。

 「盛り土」に関わる問題を軽視すべきではない。しかし、それだけが今回の災害を構成する要因ではないとも言えよう。様々な角度から災害という事象を見ることの重要性を、改めて肝に銘じておきたい。