現場では「アリ」に 会議では「トリ」に

特集:田中淳センター長のご退職に寄せて

日本テレビ放送網(株) 報道局ニュースセンター専任部長 谷原和憲
2020年3月1日

 田中先生に初めてお世話になったのは先生が文教大学の頃。神奈川県茅ヶ崎市のキャンパスまで行って、いわゆる専門家の声のインタビュー収録をお願いした。テーマは、やはり「災害弱者」だったと思う。取材をしたのは午後、それを夕方のニュースに入れると話すと「どうやって間に合わせるの?」に興味津々、「テープの映像を電波で飛ばすんです。箱根駅伝中継のノウハウがあるから」と答えると納得。 
 その後、田中先生は箱根駅伝強豪校の東洋大学へ。2004年、新潟中越地震発生から4日目、『きょうの出来事』のスタジオに来ていただいた。現場からの報告を聞いてもらい「いま被災地で大切なこと」の解説をお願いすると、次々と言葉が飛び出す。「発生直後とは違い個別のニーズを聞いて“つなぐ”段階」「避難所での高齢者や障害者は“気兼ね”がストレスに」「日常を取り戻すことが大事、避難所では被災者にも役割を、子どもには遊び場を」・・・ 被災地か遠い東京のスタジオからでも、被災した人たちの気持ちを汲み、現場レベルの「蟻の目線」で課題を見つけることの大切さを教えてくれた。
 そして2011年の東日本大震災では、みずから「蟻」になってくれた。発生翌日『NEWS ZERO』のキャスターとともに被災地へ。宮城県の津波被災現場を取材したあと石巻市からの現場中継で「今後の救援のあり方」を伝えてもらった。この時も高齢者ら弱者への目配りを訴えた。
 このように、取材でコメントをお願いすると、常に現場の目線から「一番大変な人」に成り代わって発言する田中先生だが、同じ災害の話でも、省庁が設置した検討会の場では、もうひとつの顔をみせる。対処療法だけにとらわれる、大所高所から俯瞰する「鳥の目線」からの発言だ。
 最近、省庁の検討会で多いのは、大きな災害が起きたあと、その教訓をあぶり出し、次の災害までに新たな対策を打ち出そうというやり方だ。スピード感重視は悪くないが、災害頻発国ゆえの防災省庁の性なのか、どうしてもすぐ出来ることに議論が偏りがちになっている。そんな時、田中先生が釘を刺すように発言するのが「当面の対策ばかりでなく、中長期の課題や対応も検討しましょう」。 テレビの仕事もその場その場の対応を優先しがち。目の前ばかり見ていてはダメ、といつも教えられる。
 検討会の席順は五十音順が主流。なので先生の隣となる幸運に恵まれている。隣だから公式発言だけでなく、先生の“つぶやき”を聞くことも多い。
 これからも、もう少し、こっそり勉強させてください。