災害ビックデータと人工知能AIで変わる防災情報戦略

特集:CIDIR10周年記念シンポジウムー大規模災害に備える防災情報研究の新たな地平ー

日本放送協会 大型企画開発センター チーフ・プロデューサー
阿部博史
2019年3月1日

2011年以降に飛躍した”ビックデータ災害”
 スマホやセンサーなど様々なデバイスから、高頻度かつ高空間分解能でデータが得られる時代が到来し、データ主導による意思決定の高度化が求められるようになった。それは、最高レベルの精度と速度が求められる減災・防災において避けては通れない道である。Google trendで振り返ると「ビッグデータ」という言葉が爆発的に使われ始めたのは2011年。まさに東日本大震災の被害実態把握と復興の道を探ることに苦心していた時期であった。「全貌把握」と「細部理解」は一般的にバーターの関係だが、ビッグデータは、個という最小情報単位とマクロな集計・トレンド分析を両立させる強力な武器となる。図1は、東京電力福島第一原発事故から数日後のビッグデータによるスナップショット。光の点は、携帯電話やスマホ、カーナビ、トラック、タクシーなどの動きを表し、雲のような広がりは大気中ヨウ素濃度のシミュレーション結果を示している。情報が錯綜する中で、住民は避難できているのか、渋滞は発生しているのか、放射性物質はどこまで到達しているのか、国も研究者も報道機関も”手探り状態”だったが、いまでは“神の視座”から個と全体像を抑えられるのだ。データを扱う環境も激変した。当時のデータ処理は何十台ものサーバーをつなぎ一晩かけて計算させていたが、2019年現在、同じ作業をB5サイズのノートPC1台で済ませられるようになった。実はこの手軽さが2つの活用スタイルを生んでいる。1つは、即座に情報確認できる「リアルタイム・ビッグデータ減災」。そして、その手軽さゆえに被災現場に情報を持ち込み意思決定に活かせる「ポータブル・ビッグデータ減災」だ。
NHKスペシャル「震災ビッグデータ」シリーズを制作しながら東日本大震災を検証・分析・可視化してきたが、そのノウハウや口ジックは、NMAPSというシステムとして形になり様々な災害報道で活用している。

多種多様な災害ビッグデータ
 改めて災害関連のビッグデータとは何か。発災地点・被害エリアなどの空間情報として捉えるならば一般的な地図に含まれる1,000種の情報レイヤーはその対象となるだろう。さらにIoTが生み出す時間粒度の細かな情報も加えなければならない。先述した人や車両のプローブデータだけでなく、日毎数千万ものツイートや購買記録(図2:2011年3月の1億回・400万品目)、気象データ、全国150万社の企業情報、数千万棟の家屋データ、数千本の河川水位など様々だ。さらに、解析によって新たなデータを生み出すことも有効だ。図3は、映像から立体情報を引き出した事例。被災地上空を飛ぶヘリから数百枚の連続写真を撮影し、解析によって2次元の平面映像から3次元の点群データを抽出する。こうしたプロセスによって朝発生した災害現場を半日で立体化し、夜のニュース番組で被災範囲や災害メカニズムについて深い考察を交えた生解説をすることができるようになった。1種のデータを丹念に見ていても理解には限界がある。ヒト・モノ・カネ・情報の高密度な情報レイヤーを組み合わせた立体的な議論が求められている。

災害ビッグデータを食べさせた人工知能・AIとの“協働”
 膨大な情報の有用性は理解できても、その多さゆえに、収集することも、分析することも労力がかかり途方にくれることだろう。そこでNHKでは、官公庁や研究機関、民間企業、報道機関などが有する90万種類超のデータをほぼリアルタイムで整理・可視化できる「DATANAVIGATOR」という情報システムを開発した。インフルエンザの感染者や河川の水位などが、クリック1つで引き出せるのだ。
しかし、本当に重要なのは、その先にある“端緒” “変局点” “連動” “因果”を探ることである。人の発見・解析能力に限界がある中、味方になってくれるのが人工知能・AIだ。災害の影響は多岐にわたる。人的・建物被害、デマ拡散や経済活動の冷え込み、予算の不均衡、支援格差…、こんなわかりやすいことばかりではないだろう。お父さんのお小遣いが減る、飲み会の回数が減る、塾に通う子どもが減る、教育格差が生まれるなど、些細なことの積み重ねが社会的損失なのだ。人工知能・AIは秒間3億手を読む将棋AIのように、何と何が連動しあい、どの程度の重みを持って結果を左右するのか、私たちが思いも付かないパターンを数百億通りから見つけ出す。
災害情報を扱う参謀“AI”がいれば、意思決定の速度と精度は飛躍的に向上するだろう。しかし、すべての判断をさせるほど災害はシンプルでは無い。人間の経験とAIによる「協働」こそが防災・減災の次の一手となるのだ。