大規模災害時における被災者のマインドのリセット

特集:海外に学ぶ防災

目黒公郎
2018年6月1日

 はじめに
 わが国は恵み豊かで美しい景観の国土を有しているが、その一方で災害のデパートと呼ばれるほど、地震や火山災害、風水害や土砂災害、さらに雪害など、多種多様な災害が多発する国でもある。この二つの特徴は表裏一体の関係にあるが、いずれもわが国の地理的、地形的、気象的諸条件や都市の特性によるものである。
 わが国は、これらの多種多様な災害から学び、ハード対策のみならず、法制度や教育を含めた様々な防災対策を整備することで、災害に強い国土と社会を構築し、先端技術を有する世界の経済大国を実現した。このような背景から、一般的に我が国の防災対策は、ハード的にもソフト的にも世界最先端のレベルを有していると思われている。しかし、世界の様々な災害現場を実際に訪れ調査をすると、防災先進国である我が国が、一般的には防災後進国と思われている国々から学ぶべき点に気づくことがある。その一つが大規模災害時の被災者のマインドのリセットの問題であり、下で紹介するように、私はこれを東日本大震災の発生直後に指摘したものでもあった。

東日本大震災の直後に
 2011年3月11日の午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震は、東日本を中心に甚大な被害を発生させた。いわゆる東日本大震災である。この地震の2日後に、私はある知人を介して国家戦略室に呼ばれた。この震災がどのように進展するのか、その状況に対して我が国はどのように対処すべきかについて、助言を求められたのである。地震から5日目の2回目の会合と合わせ、私は様々な指摘をした。
 具体的には、広域かつ甚大な被害を受けた被災地への迅速な支援と復旧・復興のために、1923年関東大震災時の「復興院」や後藤新平の帝都復興計画における4大方針、2008年中国四川地震後に採用された「対口(たいこう)支援」、災害対策基本法の限界と改正すべき点、東日本大震災からの復旧・復興のあるべき方針、首都直下地震や東海・東南海・南海地震等に対しての体制作り、マスコミの対応などに関しての話である。これら一連の助言の最初に、私は「大規模災害時の被災者のマインドのリセット」の話をした。

被災者のマインドのリセット
大事な人を失うことは、残された人に大きな悲嘆を与える。また、行方不明者の周囲では、生存を祈り、その一方で不安を感じる期間が続く。 
 我が国では、自然災害で行方不明者が出た場合、最後の1人が発見されるまで捜索を続けるのが基本である。しかし、東日本大震災では、津波で大勢の犠牲者が海域に流されているので、捜索を継続しても千人単位で発見されない可能性が高い。このようなケースでは、被災者のマインドのリセットが非常に重要になる。海外の災害現場でも、大勢の犠牲者が発生した災害では、1週間から10日ほどは一生懸命捜索する。しかし、それでも見つからない時は、地域で尊敬されている人(多くは宗教者)が、生き残った被災者を集めて、「まず、行方不明になった人々を一生懸命捜査してくれたことに関して、感謝の気持ちを伝える(神様も感謝していることを添える)。次に、これまでの捜索で見つからない人は、誠に残念であるが神様が天国に召されたこと、また生き残った皆さんの価値や役割を伝える。その上で、これまで、行方不明の人々に注いでいたエネルギーを、これからは被災地の復旧・復興のために、生き残った皆さんや子供たちのために注ぎましょう」と言って、被災者のマインドのリセットを行う。これをしないと、発見されてない犠牲者への思いを引きずって、復旧や復興へ積極的に意識を向けることができない。これは、被災地の復旧や復興にとって非常に重要な意味を持つ。
 しかし当時私は、被災者のマインドのリセットの重要性には気づいていたが、我が国で誰がこれをできるのかについては、思い至らなかった。その後、被災地には、数多くの芸能人やスポーツ選手、政治家や専門家などが支援や慰問に入って様々な活動を展開した。この時の被災者とのやり取りや被災者の対応を見て、後付けではあるが、これが日本でも可能であると感じた、代表例は天皇陛下と皇后陛下の被災地へのメッセージであり、訪問であった。
 東日本大震災では、一部の被災地で地元の和尚さんが被災者のマインドのリセットを行った事例があるが、被災地全体を対象にこれを実施できる仕組みを我が国は有していない。多くの死者が想定されている首都直下地震や南海トラフの巨大地震において、被災者のマインドのリセットはとても重要な課題である。被災地のより良い復興(Build Back Better)のために、この問題への対処法を今から検討しておく必要がある。