緊急時に科学者はどのように情報を発信すべきか ~科学者と迅速に、共に考え行動するために~

特集:次世代の防災分野の人材育成を目指して

理学系研究科 横山広美
2017年3月1日

 防災教育において科学者との協働は欠かせない要素であろう。しかしその規範や方針ははっきりしているわけではない。今後、防災教育を受けた人材が、的確に科学者と協働し、誘導することが今後、ますます重要になっていくであろう。
 ひとつの例をあげよう。東日本大震災後、放射性物質の拡散情報は日本政府からしばらくの間、提出されなかった。いわゆる、SPEEDI(緊急時迅速放射能影響予測ネットワークシステム)問題である。当時はこのシステムは住民避難用には適用されていなかったが、このシステムがあるにも関わらずデータが開示されないことは厳しい批判を受けた。
 その間、日本列島においては目の粗い欧州のシミュレーション結果ばかりが話題になった。そうした中、日本気象学会は放射性物質の拡散シミュレーション結果をウェブ等にあげないように学会ウェブページで注意を促した。政府から発せられるワンボイスを妨げないためである。これについて、メディアは情報をもっているにも関わらず開示しないと気象学者を批判し、その後、長く議論が続いた。
 科学者の間でも、ふたつの意見があった。すぐに開示すべきある、シミュレーション科学の貢献時であるという声と、人の命に関わるデータを何の整理もなく出すべきではないという意見である。また、法的な問題も話題になった。気象業務法によればそもそも気象に関するデータを提供できるのは気象庁であり大学や研究所にいる科学者にはその権限がない。さらにデータの開示によって不慮の事故が起こった場合の政治責任の在り方も議論になった。結果として、大々的にシミュレーション結果を発表する科学者は、筆者の知る限りほぼいなかった。
 わかっていることを開示しないのは、科学者として説明すべきことを伏せており、批判されることである。しかし開示するための整備(データの不確実性についての情報提供、政府・メディア等への開示の仕方の整理、自治体との協働、データから言えることと避難経路の整理、これらの迅速な運営)がされていない中、気象学者ばかりを責めることはできない。社会側に、緊急時に科学者を有効に使うシステムがないのも事実である。しかし災害の形態は様々であり、特に複合災害時にはどの分野の研究者が必要な情報を持っているのかを把握するのさえ困難である。
 やはり東日本大震災の際に、自ら手を上げて貢献活動に熱心に取り組んだグループもあった。震災後、しばらくして理学部1号館では原子核物理と地球惑星科学の研究者が集まり、土壌調査などの測定活動を全国の研究者と共に行うミーティングを行った。原子核については大阪大学が主導し、被災した東北大学はデータ提供で貢献していた。文部科学省と調整し、研究者が自ら手を上げた事業であるが福島の土壌調査等はそのままでは進めにくいことから、文科省からの委託事業としてスタートした。この事業が行った測定は文部科学省のページから発表され一定の成果をあげた。
 私はこれをひとつの成功例と見ている。常日頃、研究を共に行っている信頼関係のあるコミュニティがグループとなって、実際の測定活動をしてデータを出す。そのデータは文部科学省に提出して、文部科学省のデータとして公共する。科学者も一人一人では、考え方や表現に偏りがある。しかしグループとなって活動するとコミュニティでデータが検証されているし、社会的にも受け入れやすい発信の仕方ができる。さらに文科省からデータを発表することで、政治的責任を政府に預けデータを測定するそもそもの科学者の役割に集中できる。
 もちろん、これは気象学者たちが悩んだ、迅速にデータを提供することが求められた、初期値によっても不確実性が高い放射性物質の拡散予測シミュレーションとはずいぶんと様子が異なる。土壌等の実測値は計れば正確にわかるし、データの公表によってすぐに避難地域が変わるということもない。
 震災後、科学者の声はひとつにまとめた「ワン・ボイス」であるべきだ、という議論が日本学術会議を中心に行われたが、低線量被曝についてワン・ボイスにまとめることができず、会長の個人的談話として発表された。SNS等で多様な見方が提示される時代、これに代わり科学者集団がグループを組んでデータを開示する「グループ・ボイス」が有効ではないかと考える。
 今後の防災教育において、こうした科学者の貢献についても広く検討されることを期待している。