世界の防災の動向と大学における防災プロの育成

特集:次世代の防災分野の人材育成を目指して

JTB総合研究所 観光危機管理研究室長 CIDIR客員教授
高松正人
2017年3月1日

 世界の防災の重点が、災害への対応(Disaster Response)から「レジリエンスの強化」へと大きく方向をシフトしてきている。2015年の第3回国連防災世界会議で合意された「仙台枠組み」では、3) レジリエンスのための災害リスク軽減への投資、4) 効果的な対応のための災害準備の強化と回復・復旧・復興に向けた「より良い復興」、が四つの優先行動に掲げられた。同年9月に採択された国連持続可能な開発目標(SDGs)との関係では、防災が世界の「持続可能な成長」を支えるものとして明確に位置づけられた。
 もうひとつの変化は、「市民社会やボランティアを含む社会の構成員すべてが防災に関わることの重要性防災における民間セクターの役割・重要性」が認知され、防災における官民連携(Public-Private-Partnership)を促進する動きが国内外で高まってきたことである。これまで世界防災会議は、各国政府関係者しか参加登録が認められなかったが、仙台ではじめて非政府組織の人々が正式に参加できるようになった。
 民間側も世界の動きを反映したさまざまな取り組みを進めている。米国のロックフェラー財団は、2013年に「100 Resilient Cities (100 RC)」(http://www.100resilientcities.org)という組織を立ち上げた。100 RCでは、防災の進んでいる世界の100都市を紹介することにより、それらの都市がレジリエンスを高めたプロセスを世界の他の都市にも知ってもらい、そこから学んで世界のあらゆる都市のレジリエンスを高めようという取り組みである。ちなみに日本では京都市と富山市が100都市の中に選ばれている。
 また、手前味噌ではあるが、旅行・観光のレジリエンスが、防災の世界で注目を集め始めると同時に、旅行・観光の世界的な機関や団体が、重要政策のひとつとして防災・危機管理を位置づけるようになった。観光が世界のGDPの10%に貢献し、世界の雇用の9%以上を創出している成長産業であることから、災害によって観光産業が大きな影響を受けると、地域・国全体の社会・経済が影響を受けるとの認識が防災関係者の間に広まり、官民のリーダーたちが観光分野の防災を意識するようになったためである。
 このような流れの中で、CIDIRは「情報」を核に「減災」をめざすという、日本の大学の防災研究所の中でユニークなミッションを掲げている。このことは、これからの大学における防災教育を、世界の流れの方向に進めていくために重要な要素であり、強みになるだろう。なぜならば、災害時における「情報」は、公的セクターにとっても民間セクターにとっても住民・消費者にとってもきわめて重要であり、しかも防災・危機管理にかかわる減災、危機への備え、災害・危機対応、復旧・復興というすべてのフェーズにおいて、決定的な重要性を持つものだからである。
 企業における防災・危機管理は、社内のさまざまな部署に横断的にかかわる。関係する部署は、経営企画、経理・財務、総務、人事・労務、広報、法務、IT、生産、調達、設備管理、営業、物流など、企業のほとんどの機能にわたる。それぞれの部署が、減災のために、また災害発生時に果たすべき役割がある。非常時にオーケストラの指揮者のごとく全社を俯瞰し、それぞれの部署に適切な指示を出し、経営トップの参謀役として総合的な災害対応、BCMを実践できる人材がいれば、その会社の事業継続や災害からの回復はより円滑になるだろう。ところが組織の防災や危機管理を統括できる専門家が、日本の民間企業や団体にあまりいないのである。
 民間だけではない。自治体には「防災・危機管理課」などの防災担当部署が置かれているが、そこの多くのスタッフは、役所内の部署を2、3年ごとに異動してきており、必ずしも防災の専門ではない。ここに防災のプロが一人いて災害対策本部長である首長を補佐することができれば、迅速かつ的確な判断を次々に下し、行政の機能をフルに活用して、ムダなく効果的な災害対応ができるであろう。
 こうした点を踏まえ、防災・危機管理に実践的に取り組む一民間人の立場から、今後の大学(とりわけCIDIR)における防災研究・教育に、以下のようなことを期待する。

【世界的な防災の動向の理解のために】
1. UNISDRや国連グローバル・コンパクト等との連携による「国際防災」講座
2. 防災にかかわる国際会議への参加促進、会議準備委員会への参画奨励
3. 防災関連の国際的民間組織でのインターンシップ、教員のサバティカル
【防災のプロ育成のために】
4. 民間や行政機関で防災・危機管理の中心となって動ける防災の専門家の育成
5. 企業や自治体のBCP、BCMの研究
6. 企業・組織の災害リスクマネジメントに関する講座(学外にも公開)
7. 災害時・災害後における市民、消費者の心理と情報収集行動の研究
8. 国内外の防災における官民連携のベストプラクティス研究