地震後の延焼火災を防ぐために

特集:地震火災

目黒公郎

2016年12月1日

激しい揺れを伴う地震が発生すると同時多発的に火災が発生し、その一部が延焼することで、災害の規模が拡大することが過去の大震災では起こっている。この延焼被害を最小化するには、発生する火災の数を減らす努力とともに発生した火災を効率よく初期消火する環境の整備、さらに延焼を阻止する都市構造や都市計画が重要になる。
本稿では震後火災の出火と初期対応に関して解説する。

関東大震災の時代と近年の地震火災の発生メカニズムは異なっている。裸火を多用していた時代は、火のついた火器(七輪やストーブなど)が揺れで倒れて延焼したり、これらの火器(釜戸を含め)の上に、被災建物をはじめとする可燃物が落下して引火するケースが多かった。しかし近年では、ガスコンロや石油ストーブなどを除くと、裸火の利用が格段に減った上に、これらの器具も都市ガスのマイコンメータをはじめとして、あるレベル以上の震動で自動消火されるシステムが装備されている。また転倒の危険性のある火器の多くも、転倒前に自動的にスイッチが切れるなど、火器の揺れによる出火防止対策はかなり改善されてきた。
一方で、阪神・淡路大震災を代表とする近年の地震災害では、地震直後に発生した停電がその後に復電される際に出火原因となった火災が多発した。漏れたガスへの引火や水槽が壊れて露出した状態の熱帯魚用の水槽の電気ヒーター、家屋の被害や家具の転倒などで生じた屋内配線の破断や損傷、局所的に大きな荷重が作用した状態の配線への通電が引き起こしたショートや発熱が原因となったのである。
メカニズムの違いから、旧来型の震後火災が地震直後の数時間以内に集中するのに対し、通電火災は地震発生から数日後に発生するなど、発災からかなりの時間を経過した後にも発生する。阪神・淡路大震災時の神戸市では、地震発生後10日間で157件の火災が発生したが、原因が特定された55件中の35件は通電を原因としていた。

一般の需要家を対象とした平時の停電は、落雷や交通事故などによって配電施設に局所的な損傷が生じて発生するものが多いが、これらの停電の復旧時に出火することはまずない。理由は、建物や配線を含めた設備、家具などに問題が無いからである。ということは、地震後の通電火災の防止には、激しい地震動を受けても問題が発生しないように、耐震補強をはじめとする建物の地震対策や家具の転倒防止対策が重要なことが分かる。
もう一つの対策は、地震後の復電時に出火の危険性のある需要家への通電を控えることである。通電前に、1軒1軒の需要家を回り、問題の無いことを確認した上で通電すれば、問題は随分と改善されるだろう。しかし、阪神・淡路大震災の際には、この確認が不十分だったこともあり、通電火災が多発した。このような状況に対する需要家側の対策としては、電力会社が仮に電力の供給を再開しても、屋内の配電システムに通電されないようにブレーカーを落とすことである。ところが、地震の後、安否確認で忙しかったり、慌てて避難所へ移動したりする中で、ブレーカーを落とすことを忘れてしまう。このような状況の解決策として、「感震ブレーカー」が開発された。ある一定以上の揺れを感知すると自動的にブレーカーを落とすものである。普及している最も簡単なものは、ブレーカーのスイッチに取り付けるキャップに紐がつき、その紐の他端に錘がついていて、その錘を受け皿に乗せて置き、これが震動で落ちる衝撃でブレーカーのスイッチを切るものだ。行政やマスコミの啓発もあって、最近では普及しつつある。

構造の簡単な感震ブレーカーは地震時に確実に作動し、ブレーカーの切り忘れをなくすだろう。しかし、これが大きな問題を生むことに気づいていない人たちも多い。例えば、熊本地震の前震を考えてみよう。午後9時26分、この時間帯、通常、皆さんは何をされているだろうか。晩御飯を終え、一家団欒して、テレビや音楽を楽しんだり、読書や入浴をしたりしている時間帯ではなかろうか。その時、「ぐらっ」と激しい揺れが襲うと、突然、家中が真っ暗になり、その後の激しい揺れで、室内や床は移動したり落下したりした家具やガラス、陶器の破片などで一杯、皆さんはそのような状況下で家族の安否を確認したり、避難しなくてはならなくなる。
揺れの最中や直後にブレーカーのスイッチを切る必要はないし、むしろ大きな弊害を生む。夜間の地震では、揺れをトリガーとして照明(蓄電型)が自動的に点灯する仕組みが重要だ。感震ブレーカーは、電力の供給がストップした際に、自動的に照明が点灯し、半日程度(夜間の避難や捜索に十分な時間)継続する仕組みを併用することで効果を発揮する。

震後火災は同時多発なので公的消防の対応力をはるかに超える。しかし、小規模な火災から始まるので、市民による自主消火が効果的だ。ところが、この市民による初期消火が建物の揺れ被害で困難になる。阪神・淡路大震災では五つの理由からうまくいかなかったが、そのうちの四つは被災建物の問題であった。一つ目は初期消火の担い手である市民が被災家屋の下敷きになり対応できなかった。二つ目は初期消火可能な市民が下敷きになった人々のレスキューを優先し、初期消火が後回しになった。三つ目は壊れた建物の下や中からの出火では、素人による消火は難しい。四つ目は倒壊家屋による道路閉塞により市民も消防士も火災現場に到達できなかった。五つ目は地震の後の同時多発の火災も平時の火災と同様に考え、消防士が駆けつけてきてくれると勘違いし、初期消火のタイミングを逃した。このように、震後火災の効果的な初期消火は建物の耐震性の確保がキーとなる。

条件が整えば、感震ブレーカーの出火防止効果は高い。しかし、照明や在宅用医療機器などの急停止という大きな弊害もある。環境負荷の低減と売電、有事の電源確保を目的として現在普及が進んでいるソーラーパネルも、地震後の漏電、感電、火災の問題がある。発災時の条件を踏まえ、時間経過にともなってどのような状況が発生するのかを適切に想像する力「災害イマジネーション」が不十分であると、「良かれと思ってやったことが、かえって問題を生む」ことがある。十分な注意を喚起したい。