命を守るタイムラインの導入を急げ

特集:大規模水害に立ち向かう

CeMI環境・防災研究所副所長 松尾 一郎

2015年6月1日

 例年よりも三ヶ月も早く台風第6号が日本を窺っている。最接近は、5月12日頃の予想となっているが、すでに三重県紀宝町と東京都大島町は、昨年度策定したタイムライン(事前防災行動計画)の運用に入った。今年も台風や集中豪雨に要注意であると考えている。
 2012年10月末に米国東海岸を直撃したハリケーンサンディでは、ニュージャージ州北部にサンディが上陸し、近接するニューヨーク市も含め高潮による浸水が広域に発生し、総額8兆円強の甚大な被害を与えた。経済中枢都市ニューヨークでは、地下トンネルや地下鉄駅に海水が浸入し、個人宅でも地下室で12名が溺死するなど都市圏水災害の特徴的な被害となった。ニューヨークで大規模な浸水被害が生じたのは、90年ぶりのことであった。
 筆者は、米国で起ったことを「対岸の火事」にしてはならないと考え、国土交通省・防災関連学会ハリケーンサンディ合同調査団の有識者メンバーとして参加し、様々な知見を得た。調査で痛感したことは、米国の「先を見越した、早め早めの防災対応」であった。 
 米国の防災システムは、災害は起る前提で対策や防災対応が組み立てられている点が我が国と大きく異なる。サンディの際も複数の州知事が上陸する3日前に緊急事態宣言を発令し、それに呼応するようにオバマ大統領も、災害宣言を行った。ニューヨーク市長は、上陸3日前から報道機関を通じて、市民へ注意喚起を伝えると同時に浸水リスクのある地域への避難予告や地下鉄や公共交通機関の事前の運行見合わせの可能性を伝えている。ニュージャージー州は、前年に作成したハリケーン用防災対応計画付属書(タイムライン)を用いて事前の防災対応を行い、沿岸部の高潮リスクの高いエリアの早期避難を実現させ犠牲者ゼロを実現させた。
 振り返って我が国はどうか?繰り返し指摘されることに「意思決定者の不在」「避難情報発表に逡巡」「災害対応が混乱に終始」である。ここに筆者が、タイムラインの策定を様々なところで呼びかけている理由がある。タイムラインは、台風等のように発生してから上陸するまでに猶予時間がある災害を対象とし、予め防災対応に関わる自治体、防災機関、河川管理者、気象台など集って「何時」「誰が」「何を(行動内容)」を決めておく防災行動要領である。起こりうる災害を念頭に地域が連携した防災対応を実現させるもので「縦割り防災」の改善にも繋がると筆者は考えている。
 日本の防災対策は、災害対策基本法に基づき国や自治体の防災計画が構築されている。
 この災害対策基本法は、米国と違って「現象発生事後対応型」と筆者を称している。また被害が出るような災害は、数年~数十年サイクルである。自治体防災担当者も首長も、初めての防災対応となることが多い。そのことが同じ事の繰り返しとなる大きな要因とも考えている。タイムラインは、過去の教訓や経験を活かして関係機関が合意の上で文書化し策定することから、様々な課題の改善にも繋がる。その効果は計り知れない。
 いまタイムラインは、筆者が関わった三重県紀宝町・東京都大島町・高知県大豊町で策定され、今年も台風等の風水害に備え運用が始まっている。また国土交通省のリーディングプロジェクトとして荒川下流域や庄内川で取組みが進んでいる。先行する自治体では、運用→検証→改善のもと、自主防災単位のタイムライン構築が近いうちに立ち上がる予定である。
 タイムラインによって「先を見越した、早め早めの防災対応」を実現させ、台風から国民の命を守るため、経済被害を最小化のために様々なステークホルダーと連携して今後も取り組んでいくつもりである。