漠然とした防災対策からより具体的な防災対策への切り札として

緊急地震速報

目黒公郎

2013年12月1日

■はじめに
 緊急地震速報(EEW)の一般配信が始まって以来、地震の度に「間に合った、合わなかった」論争が繰り返されたが、これは意味の無い論争だ。EEWは地震予知ではない。地震計でまず検知されるP波から、それを発生させた地震が、いつ、どこで、起こったマグニチュードいくつの地震かを推定し、遅れてやってくる主要動のS波の強さと到達時刻を推定し配信するものだ。ゆえに、観測点(自分の位置)の近くで地震が起こった場合には当然間に合わない。
 しかし、言い方を換えれば、自分の位置から震源までの距離が分かれば、EEWシステムによって主要動の到達前に得られる時間的な余裕が定量化できるという意味である。ゆえに、過去の地震履歴や発生が危惧されている地震などがあれば、間に合わないケースでのマイナスの時間を含めて、それぞれ何秒間の猶予時間が得られるかがわかる。この状況は、従来は、「地震は常に不意打ち」であったので漠然としがちであった防災対策の相手が明確になり、従来よりも具体的な対策が可能になることを示している。しかし、これを適切に実現するには、以下で説明するような観点が重要になる。

■EEWの直接的・間接的効果とそのプラス・マイナス
 EEWによる影響や効果は、直接的なものと間接的なもの、さらにプラスとマイナスに分類できる。一般的に議論されているのは、直接的な影響が多いが、私はむしろ間接的な効果の持つ影響を重要視している。
 「直接、プラス」の効果は、多くの皆さんが一般に期待する効果だ。EEWに対する事前の理解と周到な準備、限られた猶予時間の中で具体的なアクションを取るためのシステムの構築と事前訓練によって達成される。適切な避難行動や災害回避行動の実施による人的被害の軽減、事前情報に基づく建物の振動制御、エレベータや工業機械、火気器具や電熱器具等の事前停止、EEWと連動した転倒防止装置やウォータースクリーンによる火災防止、消防や病院などにおける発災直前からの対応準備、自動車や列車への情報提示による事故回避などだ。
 「直接、マイナス」の効果もよく指摘されるものだ。EEWを受けた市民が、その意味や対処法を知らず、かえって混乱し、最悪の状況ではパニックになり、情報がなかった場合よりも状況が悪化する類のものだ。この状況は避けなくてはいけないし、この問題の解決の基本は教育と訓練である。その際には災害状況をイメージできる能力の向上がポイントである。
 「間接、プラス」の効果は、これまでは防災教育の場としての利用など、ごく限られた範囲でしか考えられてきていないが、この「間接、プラス」の効果をもたらす利用法が最も重要だと私は考えている。EEWの一般配信をきっかけに、その有効活用法を探すために、災害イマジネーションを高めていく。この能力が向上するほどに確信されることは、EEWを効果的に活用するために不可欠な事前対策と訓練の大切さ、EEWの活用のみでは防ぎようのない災害状況に対する理解である。例えば、家族で、今2秒の時間があったら何ができるか、5秒であれば、10秒であれば、寝ている時間帯であったらどうか、と徹底的に具体的な対処法を議論していくと、行き着くところは、事前対策、特に被害抑止力の重要性である。すなわち、家具の転倒防止、既存不適格建物の建替えと耐震改修、地震に強いまちづくりの実践である。
 「間接、マイナス」の効果については、私はこれを絶対に避けなくてはいけないと考えている。この効果の代表は、EEWの一般配信が市民に根拠のない安心感を持たせ、これが事前の防災対策の促進を阻害する事例だ。またストック・マーケットに与える影響にも配慮する必要がある。

■おわりに
 EEWの有効活用には、技術的課題と環境整備にかかわる課題に最善の努力を継続しながらも、この情報をうまく活用できない地震の存在やうまく入手できない場合も踏まえ、インフラや建物の耐震補強にも、より積極的に取り組んでいくことの重要性を再認識すべきである。これが、猶予時間が短い場合のEEWの高度利用を実現する正しい方法である。私は理想的なEEWの利用法とその効果を次のように考えている。
 EEWの一般配信が、市民に真剣に防災のことを考えるきっかけを提供し、これが市民の災害イマジネーションの向上を実現する。そしてその結果として、5年後、10年後には、家具の転倒防止策や弱い建物の建替えと耐震補強が各段に進み、ハード・ソフトの両面で、真に災害に強い人とまちが実現し、将来の地震被害を劇的に軽減する。皆さん、これを目指して努力しましょう。