震災記録デジタルアーカイブスの重要性と要件

特集:震災アーカイブスとその活用

目黒公郎

■はじめに
 災害対応をはじめ、危機的な状況に対してうまく対応するには、実体験を積むことが有効なことは言を待たない。しかし、「災害のデパート」と呼ばれるほど多種多様な災害が頻発するわが国であっても、時間や地域を限定すると、多くの人々が災害対応の実体験を積むことは不可能である。ここに災害対応記録のデータアーカイブを作る意味がある。
 他の地域で起こった災害とその対応、自分の地域で過去に起こった災害とその対応に関して、その良し悪しを問わずにデータベース化し、多くの人々で共有する環境整備が重要である。しかし一方で、過去の実際の危機や災害はある特定の条件下で起こった1つの事例でしかない。ゆえに、発生時の条件や環境が変わればその様相は大きく変化するので、過去の事例のみを対象とした学習だけでは不十分である。本稿では、上記のような課題の解決を目指して開発を進めている「次世代型危機管理・防災情報ステーション」について紹介するとともに、これらのシステムが持つべき要件について述べる。

■次世代型危機管理・防災情報ステーション
 危機管理の経験のない人々が、稀にしか発生しない危機に対して、うまく備え対応するためには過去の危機管理事例に学び、シミュレーションを通して自分たちが経験しうる様々な条件下における危機的状況を疑似体験しておくことが重要である。特に日本のように、行政が平常業務と危機管理業務の間にしきりを設けず、業務間で人材が頻繁に行き来する環境では、貴重な危機管理経験をいかに共有し、継承するかが大きな課題となる。また、実際に発生した危機管理事象に対応する際に、今後の展開をシミュレーションによって予測できれば、ある程度の見通しを持った対応が可能となるし、判断に困った場合に、過去の危機管理事例に効率的にアクセスし学ぶことができれば、意思決定がよりスムーズとなる。事前対策から事後対応までをシームレスにつなげる危機管理情報システムが求められる所以である。またこれらの情報は、GISをはじめとした様々な可視化技術を用いて分かりやすい形で防災関係機関間、市民との間で共有されることでさらに有効性を増す。
下図は上記のような課題を踏まえて、私が提案し、開発を進めてきた「次世代型危機管理・防災情報ステーション」の概要である。本システムは、事前準備、応急対策、復旧・復興支援の各段階において、防災関係機関間での情報共有および市民に対する情報発信を効果的に行うためのWeb3D-GISを活用した次世代型の災害情報の収集・集約・発信システムであり、次の4つのモジュールから構成されている。1) アーカイビングモジュール:過去の危機管理事例や予測される危機の危険度評価結果、後述するシミュレーションにもとづく予測結果、実際の危機発生時において収集された情報のデータベースの管理を行うもので、利用者の立場、時間、空間、業務種別など、様々な視点からの分析が可能。2)シミュレーションモジュール:危機発生時に生じうる種々の物理・社会現象の高精度なシミュレーターの集合体。過去の実災害データを基に、条件の異なる地域特性や発災条件下での災害状況データを作成し、1)のデータベースの充実をはかる。3) Web3D-GISモジュール:上記2つのモジュールからの出力結果の可視化や空間的な解析を行う。4) e-ラーニングモジュール:利用者と上記3つのインターフェイス。平常時には、利用者の防災学習を支援し、危機発生時には有事モードに切り替わり、情報の収集・発信を行う。

図 次世代型危機管理・防災情報ステーション