南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)をめぐるコミュニケーションの課題
特集:南海トラフ地震臨時情報発表1年
特任助教
安本真也
2025年9月1日
2019 年5 月31 日に「南海トラフ地震臨時情報」ならびに「南海トラフ地震関連解説情報」の情報提供が開始された。「南海トラフ地震臨時情報」には「調査中」「巨大地震警戒」「巨大地震注意」「調査終了」という4 つのキーワードが付記されることとされた。そして、2024 年8月8日に日向灘を震源としたM7.1 の地震が発生した。この地震は南海トラフ地震の監視領域内で発生し、Mw が7.0 と評価されたことから、気象庁は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を初めて発表した。それに伴い、政府からは日常生活を送りつつも地震への備えの再確認し、非常持出品の常時携帯など、特別な注意を払うよう呼びかけが行われた。
この情報の背景には、2011 年の東北地方太平洋沖地震の教訓がある。この地震が発生する2 日前の3 月9 日に、近傍を震源とするM7.3 の地震が発生していた。震災後、全世界のM7 以上の地震(1,437 事例)を調べたところ、同じ領域で7 日以内にM8 クラス以上の地震が発生していた事例が6 件あったことが分かった。こうした現象が南海トラフでかつて発生していたかは明らかではないため、南海トラフ巨大地震に関するアラート情報としては不確実性が高い。それでも未曽有の東日本大震災の経験をふまえ、いつ、どこで、どの程度の規模で発生するか分からない南海トラフ巨大地震の被害を少しでも減らすために、情報発信がなされることとなった。ただし、今回初めて発表されて、様ざまな課題が浮き彫りとなった。
第一に、人びとが地震への備えの再確認を十分に行ったとは言えない点である。我われの研究グループが発表直後に全国を対象に実施したWEB調査では、「巨大地震注意」の発表を見聞きした後に、この情報について「さらに「テレビから情報を得た」が61.2% と多かった一方で、「水や食料などの備蓄を確認した」が16.3%、「家具の転倒防止を確認した」が6.9%、「家族との連絡方法を確認した」4.8% と、確認が積極的とは言えなかった。
その要因の一つには呼びかけの方法が考えられる。そもそも、普段から地震への備えを行っていない人も多いため、そうした人に対して家具の転倒防止、家族との連絡方法の確認、津波からの避難の必要性、その際の避難場所を知るためのハザードマップの確認などを、丁寧に説明する必要があるだろう。様ざまな地震への備えの中でも特に、ハザードマップの確認や家族との連絡方法の確認は、比較的容易に実施できると考えられる。
また、呼びかけにおいては「日常生活を行いつつ」という前置きが付されたが、この文言は不要ではないか。経済活動を止めないように、あるいは社会的混乱を防ぐため、といった理由が考えられるが、情報を発信する以上は、地震への備え(の再確認)を行ってほしいというメッセージをストレートに出すべきであろう。そうでなければ、この情報に包含されるメッセージの意図が十分に伝わらないおそれがある。その際には、地震を予知するものではないが、普段よりも巨大地震が発生する可能性が1 週間程度高まっているという点を丁寧に説明することが必要である。前述の3月9 日の事例を用いるのも一つの方法であろう。
第二に、海のレジャーをめぐる課題である。この情報が発表されたのはお盆の直前であり、旅行者数が最も多い時期の一つであった。だがこの情報発表に伴い、一部の地域では宿泊などのキャンセルが多く発生したという。再度、我われの研究グループが11 月に実施したアンケート調査によると、お盆に海に行く予定があった人のうち、73.0% の人が予定を変更またはキャンセルした。これは、西日本の太平洋側に行く予定だった人に限らず、全国的な傾向であった。つまり、南海トラフ巨大地震が発生する可能性が普段より高まっているとされる中で、津波のリスクがある海に近づくことに対する不安感があったのであろう。情報の発表は地震への備えとは結びつかなかったものの、海に近づこうとは思わなかった人が多かったと考えられる。こうした非日常的なレジャー活動に対して経済的影響が及ぶ可能性があることをあらかじめ認識しておく必要がある。
今後は「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」だけではなく、ほぼ同様の仕組みである「北海道・三陸沖後発地震注意情報」の発表も考えられる。そのときまでに、こうしたデータを基にした課題を明確にし、対策をステークホルダー間で共有しておくことが求められる。