防災気象情報とレベル化

特集:シンポジウム「大規模水害と防災気象情報」を振り返って


センター長・教授
関谷直也
2025年6月1日

 
 防災気象情報は観測、予測、通信技術の向上に伴い、近年、提供されうるデータが膨大に増えてきており、情報も高度化・細分化・多種化してきている。だが、あまりにも複雑で住民にとっても、行政にとっても理解しがたいものとなってきたという批判が多くでてくるようになってきた。そこで2022 年から2 年間、国土交通省・気象庁では『防災気象情報に関する検討会』が設置され、「シンプルでわかりやすい防災気象情報の再構築に向け、防災気象情報全体の体系整理や個々の情報の抜本的な見直し、受け手側の立場に立った情報への改善などの検討」を目的として議論が行われた。
 だが、防災気象情報の問題はこの複雑さだけが課題ではない。そもそも防災気象情報は、気象現象に近づくことが重要なのではなく、気象予報という科学的知見が住民の避難行動や避難指示などの行政判断など、防災対応に結びついて初めて意味をもつ。そのため情報の複雑化・多種化が、避難行動や避難指示などの行政判断などに与える影響も考える必要がある。
 典型的な課題を3 つあげよう。
 第1 に、「情報の精緻化」とその副作用としてのリードタイムの問題である。「気象現象を精緻に正確に捉えること」と「避難行動を促すこと」は異なることに多くの人が無自覚なことである。技術的な発想からすれば、さまざまなデータを精緻に正確にとらえる方がよい、情報は精度が高ければよいと考えるのは当然である。よって、細かい密度での気象予報、またキキクル(土砂災害の危険度分布、浸水被害
の危険度分布、洪水の危険度分布)などメッシュ化された精緻な情報が多数導入されてきた。「外れ」をなくそう、より事象に近づこうと気象予報のメッシュ、情報の密度は細かくなってきた。
 だが、現象に近づけば近づくほど、避難のためのリードタイム(時間的猶予)が短くなるというパラドックスを抱えることとなる。今までは広めに早めに出していた予報を、細かくし現象に近づけていけば、当然、現象までの、避難としてのリードタイムは短くなる。これは大前提であり「早期注意情報(警報級の可能性)」が設けられるなど技術的な工夫も行われており、当初、技術的には認識されていたことだが、このことに多くの防災関係者や住民は無自覚である。リードタイムが短くなったことを踏まえて、様々な対応がなされるのならばよいが、行政も住民もそもそもそれらの課題を認識していない。防災の観点から見れば、多少精度が低くても早い段階で広範に警告を出すほうが有効な場合もあるが、それらの視点はいつの間にか薄くなってきてしまっている。
 第2 に、情報を受け取る住民の理解や危機感の低さも課題である。常総市の水害時の調査によれば、大雨特別警報を受け取っても、それを危険だと感じた人はわずか24.7% にとどまり、細かく情報を弁別
できない人も2 割にのぼった。情報を出す側がいくら整備しても、受け手が理解・行動できなければ意味をなさない。
 第3 に、的中率や情報の発出頻度も気象情報の種別によって差があることである。
 記録的短時間大雨情報、土砂災害警戒情報、竜巻注意情報、顕著な大雨に関する情報などの気象情報が増えてきたが、それぞれに特徴、特性がある。例えば土砂災害警戒情報は、捕捉率は高いものの的中率は低い情報であるということがはっきりしており、今後もドラスティックな改善は見込めない。そのため、横浜市は「土砂災害警戒情報」の発表とともに避難指示を一斉に発令する区域(即時避難指示対象区域)を設け、その地域の人々には事前に広報を強化するなどしている。このような運用上の工夫が必要とされる。
 防災気象情報が制度として整ってきた今こそ、情報を「どう出すか」だけでなく「どう伝えるか」「どう使うか」といった運用面の再検討が必要である。技術の高度化に人間の行動や理解が追いついていない現状を直視し、人間の側の災害リスクの理解や避難に関する意識醸成、制度の持続的改善が必要である。堤防やダムなどのハード設備、人の意識や情報などのソフト対策など様々な工夫を行ったとしても災害を防げる時代ではなくなりつつある今、住民の主体的行動をいかに支援するかが、防災の中核的課題となっている。