災害対応業務の標準化とシステム化〜行政と地域コミュニティが築く共同の未来〜
特集:シンポジウム「大規模水害と防災気象情報」を振り返って
准教授
沼田宗純
2025年6月1日
本講演は、大規模水害における避難、生活再建、業務整理、脆弱者支援、行政と地域の役割分担について、具体的事例に基づき課題と解決策を提示し、将来に向けた包括的な災害対応体制の構築を提案するものである。
まず、災害対応の全体像を把握し、災害ごとの局面に応じて必要な業務を体系的に理解・整理することが重要である。水害を例にとると、発生のおそれがある段階からの情報収集と発信、避難誘導、避難所設営、住家被害認定、生活支援、ライフライン復旧、廃棄物処理、財政対応など、行政が担う災害対策業務は8 分野・47 種に及ぶ。これらをテンプレート化し、事前に職務分担や必要資源、業務フローを明示しておくことで、災害時の混乱や遅滞を最小限に抑えることができる。
2018 年の倉敷市の事例では、災害対策本部の情報処理の混乱、職員の役割の曖昧さ、罹災証明書の発行や物資調達における部署間の負担集中が課題として浮上した。これを受けて、講演者らは業務ごとに
フローチャートを作成し、職員が業務の全体像と詳細をすぐに把握できる災害対応工程管理システムBOSS を開発し、60 以上の自治体等で実践・共有している。
そして、江東5 区における大規模水害対策について考える。この地域では約250 万人が水害で影響を受けるとされ、うち100 万人は2 週間以上浸水が継続する地域に居住している。避難を早期に促すた
めには、特に高齢者や要介護者、木造住宅の居住者など、脆弱性の高い住民への優先的対応が必要である。江東5 区では在宅介護を受ける高齢者が約1 万7,000 人存在し、まずこの層の避難支援体制を整
備する必要がある。高齢者の避難に関しては、個別避難計画の策定が法律で義務付けられているが、策定率は極めて低い。江戸川区でも1万4,600 人の対象者に対し、作成済みは200 件強に留まっている。
次に、避難後の生活再建においては、罹災証明書の迅速な発行体制や、仮設住宅・支援金制度の運用が課題となる。例えば、長期間、水が引かない世帯は53 万世帯と膨大な数に上る可能性があることから、一括で全壊と認定することが現実的であろう。そして、その世帯に仮に生活再建支援金を渡すとすると、1 兆円以上、それ以外の世帯も含めると、2 兆円超の財源が必要となる可能性がある。これは事前に国が準備すべき予算規模であり、迅速な再建のための前提条件となる。
さらに、罹災証明書の発行のための現地調査を通常の区役所職員だけで実施するのは不可能である。江東5 区全体で必要な調査員数は9,000 人規模と見積もられ、外部支援や民間活用が必須である。避
難所運営においても、74 万人の避難者に対し少なくとも7,400 人のスタッフが必要となり、現行の人員体制では到底対応できない。庁舎の多くが浸水区域に位置する可能性が高いため、対策本部は別拠点に
設ける必要がある。災害対策本部の外部設置や、広域的・超自治体的な対応体制の構築が求められている。避難所や建物調査の現場では、指揮命令系統や役割分担を明確にした共通フレームワークが必要であり、これにより迅速かつ的確な対応が可能になる。こうした背景から、自治体間の広域連携とともに、都や国レベルでの支援体制構築が求められている。
最後に、人材育成と知識の共有も重要な柱である。生産技術研究所附属災害対策トレーニングセンター(DMTC)が行政・企業、住民などを対象に実践的な教育を実施し、またCIDIR による災害対策エ
グゼクティブプログラム(DSEP)による研究など、実践と教育を結びつける取組みを通じ、災害対策力の底上げを目指している。
以上のように、広域避難・水害対応においては、事前の業務整理、脆弱者支援、迅速な再建支援、情報伝達手段の多様化、専門職の育成といった多面的な取組みが必要であり、行政単体では限界があることを前提とした、社会全体でのレジリエンス向上が不可欠である。
