水害の大規模化に伴う災害対応の特徴と課題
特集:シンポジウム「大規模水害と防災気象情報」を振り返って
教授
大原美保
2025年6月1日
本講演は、近年の激甚化・広域化する水害に対応するための実践的知見と、それに基づいた災害対応の改善に向けた取り組みについて述べたものである。過去10 年間で一度も水害が発生していない市町村は全国でわずか2.8% であり、ほぼ毎年のように全国各地で水害が発生している。今後、気候変動による更なる豪雨災害の激甚化・頻発化が懸念されている。
近年、地方自治体が、災害発生後に自らの災害対応を振り返り、災害対応検証報告書を刊行するようになってきた。第3 者委員会を立ち上げて検証する場合や、庁内のみで検証する場合など、作成方法は様々である。災害対応検証報告書には、地方自治体職員が「困る・焦る・戸惑う」などの困難に直面した事例が報告されているため、これらの事例を「災害対応ヒヤリ・ハット事例」と定義し、事例を収集して、今後の災害対応力向上に活用する取り組みを行っている。
2000 年以降に発生した水害の災害対応検証報告書から事例を収集し、約4,000 件の事例のデータベース化を行っている。災害対応業務カテゴリー別の事例数を見ると、典型的な事例を把握することができる。特に、災害対策本部の運営、住民等への情報伝達、関係機関との連携に関しては事例が多い。典型的な事例について、人のスキル、設備、制度・しくみに関わる原因を分析することで、必要な改善策の知見を得ることもできる。
平成30 年7 月豪雨災害、令和元年東日本台風、令和2 年の熊本での豪雨災害は、激甚災害の本激に指定されており、わが国にとっては大規模災害に分類できる。よって、平成29 年まで、平成30 年以降に分けて、災害対応ヒヤリ・ハット事例の傾向を比較してみると、特に平成30 年以降は、災害対策本部運営、住民への情報伝達、避難所運営、被災者への生活再建支援に関する事例が顕著に多かった。規模が大きく広域に影響が及ぶ災害では、多種類の主体が関わることになるため、直面する困難が増えたと考えられる。また、災害対策本部の設置基準や避難情報の発令基準に関わる事例は、平成30 年以降は減少しており、避難勧告等のガイドラインの効果ではないかと考えられる。事例の傾向分析に基づき、あらかじめ改善策を講じたり、災害対応力を向上させたりしておくことが重要である。
また、事例を活用した研修教材の作成や災害対応研修の実施も行っている。近年、各流域では、水害対応タイムラインを作成していることが多いことから、タイムラインに沿って災害対応ヒヤリ・ハット事例を学ぶ研修を行っている。地域特性や特定課題に応じた研修の要望があり、対応してきた結果、中山間地向けの研修や、応援職員派遣など特定課題に応じた研修など、研修のバリエーションが増えてきた。
災害対応検証報告書は災害発生に伴い毎年増えていくため、最近は、ヒヤリ・ハット事例の収集と分析の迅速化を目指して、深層学習による事例の自動抽出システムの開発も行っている。開発済の技術では、約97% の精度で事例抽出が可能であり、作業の効率化に大きく寄与している。水害だけでなく、地震災害に関する事例の収集も進めており、地方自治体の災害対応力向上に向けた更なる取り組みを進めていく予定である。
