地震・津波防災対策の検討における震源断層モデルと被害想定等について

特集:被害想定とは何か(前編)


愛知工業大学 地域防災センター長
横田崇
2024年3月1日

 
 地震・津波に対する防災対策の検討は、まず、(1)想定する地震による地 震動の強さと津波の高さ等の分布を推計し、(2)地震動と津波による人的、 物的、経済的な被害を推定する。次いで、これら被害の軽減等のため、(3) 被害を防止・軽減するための予防対策や事前対策、(4)発災した地震・津波 に対する人命救助等の応急的な対応策、(5)被災地域の復旧・復興策が検討 される。特に、(5)の復旧・復興策は、その地域の将来のあるべき姿を見据 え検討されるもので、災害を防止・軽減する街づくりの計画であると同時 に、被災時には、直ぐさま、復旧・復興に着手するためのものでもある。 この意味で、これらの計画はマスタープランに相当するものである。しか し、近年、予防策や事前避難計画が検討されてきてはいるが、マスタープ ランとしての計画の策定とその実現は大きな課題とされており、現在のと ころ、「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキングループ」で、今後の人口 動態も見据えた防災対策の検討が進められている。
 現在の地震・津波に対する防災対策の検討は、平成 13 年(2001 年) の省庁再編後の中央防災会議で、観測体制の高密度化・高精度化、観測デー タの蓄積、新たな学術的知見を踏まえ、東海地震対策の充実強化の検討に 対する総理指示に始まる。このため、中央防災会議に「東海地震に関する 専門調査会(座長:故溝上恵東大名誉教授)」が設置され、東海地震及び その周辺領域等で発生する地震についても地震学的・工学的観点からの検 討が行われた。筆者もこの検討会から事務方として参画した。
 想定東海地震については、震源断層モデル、地震動の推計手法、津波の 計算手法等についての検討に加え、予知は難しいもののその可能性に対す る調査研究と体制を整えると同時に、突発地震に対する対策の重要性も議 論された。また、10 年程度の間に東海地震が発生しない場合には、東南海、 南海を含む南海トラフ全体の地震防災対策の検討をする必要があること、 首都圏に加え、中部圏・近畿圏の大都市圏での地震対策も重要であると指 摘された。以降、南海トラフ沿いの巨大地震対策、首都直下地震対策、中 部圏・近畿圏直下地震対策の検討、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震対 策の検討が行われた。これら対策の検討においては、先に述べた(1)から(5) の手順で検討が行われた。何れの検討においても、全体を検討する検討会(以下、WG)とは別に、「地震断層等のモデル検討会(以下、モデル検討 会)」で(1)を検討し、(2)から(5)は WG で検討され取りまとめられた。
 モデル検討会では、過去の地震の資料を基に強震断層モデルを検討し、 地震動の伝播特性や表層地盤の違いによる増幅度を評価して震度分布を推 定した。また、津波高等については、津波断層モデルを検討し、海底地形、 地表地形、堤防等のデータを入力した津波伝搬シミュレーションにより、 海岸の津波高と陸上への浸水深を推定した。推定結果は、古文書等による 過去の地震の震度分布、津波の遡上高などの資料のほか、津波堆積物の地 質学的な資料と比較し、その再現の妥当性を評価した。しかし、地震の発生間隔が、海溝型地震で 100 年~ 200 年、内陸地震で数百年~千年以上 と長いことから、資料が十分でなく、また、地殻構造や地盤データも十分 でないため、検討当初は、海底や陸上の地形資料を収集し地形データを作 成する状況であった。
 2011 年 3 月 11 日の東日本大震災発生後は、その教訓を踏まえ、南海 トラフ沿いの巨大地震(長周期地震動を含む)、首都直下地震、日本海の 地震による津波、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震など、最大クラスの 地震を想定した検討が行われることとなった。南海トラフ沿いの巨大地震 の検討では、東海地震の地震予知が高い確度では行えないことを示し、南 海トラフ地震臨時情報の発表を、日本海溝・千島海溝沿いの巨大地震の検 討では、後発地震注意情報の発表がそれぞれ提言された。
 検討された震源断層モデル、震度分布、津波高等や被害想定の結果は、 蓋然性はそれなりに高いと考えられるものの、資料や科学的知見は不足し ており、推定結果には幅がある。ここでは、これらのモデルや被害想定の 理解や取り扱いについて、基本的な考え方の重要ポイントを紹介しておく。
 強震動については、強震動を発生する領域(以下、SMGA)の位置に より、断層近傍の震度分布が大きく異なる。このため、強震断層モデルの 検討においては、過去の地震の SMGA の場所の統計的特性を踏まえ SMGA を配置し、その揺らぎを加味して配置や大きさの異なるモデルを 複数推計している。津波断層モデルも同様に、複数の津波断層モデルでの 検討をしており、断層変位の大きな領域(大すべり域、超大すべり域)の 位置により、津波高や浸水領域が異なるのみならず、津波の到達時間や、 より早い避難を必要とする地域が異なる。
 ここで検討された震源断層モデルは、将来発生する地震を高い確度で予 測しているものではなく、検討した震源断層以外の地震・津波が発生する 可能性もある。将来発生する地震と異なるモデルによる被害想定や対策の 検討は適切ではないとの意見もあったが、将来発生する地震の正確な予測 は極めて難しく、これらの想定は、ドリルの中の練習問題を解くように、 将来発生する地震に適切に対応できる応用力を養うためのものである。ま た、あるケースの検討結果を見て、自分の地域の震度は小さいので地震対 策を取らなくても良いと誤解する可能性もあることから、想定した震源断 層モデルの震度分布や津波高等を重ね合わせた分布図を作ったり、日本の どこででも発生する可能性のある地震に備えるため、直下で地震が発生し た場合の直上の震度の分布を示す「揺れやすさマップ」も併せて公表した りしている。これらについては、今後とも、一層の調査研究の推進を図り、 適時、点検・見直しが行われることとされている。 利用する側においては、検討された数値に幅があることや、想定以外の 地震が発生する可能性があることも正しく理解し、応用力を高めるよう正 しく活用されることを望むものである。