「まだ見ぬ都市被害」に向き合う―首都直下地震を「首都直下大震災」にしないために

特集:これからの東京の地震対策


日本テレビ放送網報道局
谷原 和憲
2023年6月1日

 
  

 日本で起きた地震災害のなかで、誰もが大地震でなく「大震災」と呼ぶものが3 つある。2011 年・東日本大震災、1995 年・阪神・淡路大震災、そして今年100 年を迎える1923 年・関東大震災だ。地震は自然現象としての呼び方で、地震によって人間の生活が大きなダメージを受けると「震災」と呼ばれる。したがって、人が多く住む大都市ほど「震災」のリスクは高い。
 去年、東京都は首都直下地震の新たな被害想定を発表した。防災・減災対策が進んだこともあり、10 年前の最大想定に比べ、死者・建物被害とも7 割程度に軽減できるという(表1)。耐震化や家具転倒防止・出火防止の対策をさらに進めれば、死者は今の想定の2 割程度まで下げられるという試算もある。このまま対策を積み重ねていけば、首都直下地震は「首都直下大震災」と呼ばれずに済む可能性があるのだろうか。
 100 年前に起きた関東大震災、内閣府がその教訓をまとめた報告書のなかに次のような指摘がある。
「関東大震災は当時の人々の想定を超えた災害であり、対応する体制を欠いたことが被害を拡大した」
「過去の事例や物理的な可能性を幅広く考えた訓練、演習、心構えが必要である」
(内閣府「1923 関東大震災 報告書」第二編 おわりに)
 「物理的な可能性」とは、いま何を意味するのだろうか?これを受けるかのような記述を、去年発表された東京都の新想定にみつけた。
「被害想定は、東日本大震災や平成28 年熊本地震など、全国各地で発生した大規模地震において蓄積された最新の知見等をもとに実施」
「東京の地勢や地域特性による特有の事情を踏まえ、(中略)起こりうる事象について、定量的に示すことが困難な事項についても、定性的な被害シナリオとして示し」
(東京都「首都直下地震等による東京の被害想定報告書」5.1 総括)
 日本最大の都市・東京の地震被害を考える以上、過去の地震では起きていない「物理的な可能性」であっても、検討を怠ってはならない…これが100 年前の大震災から引き継がれた教訓に思えた。
 東京都の新想定には「定性的な被害の様相」という一章がある。人的被害、インフラ被害から生活影響・経済影響、地域別の被害まで49 項目において「東京だからこその被害の可能性」が列記されている。そのなかで
「まだ見ぬ都市被害」として目を引いたのが次の指摘だ。
「余震による広告等の看板の落下や、延焼火災、群衆雪崩等の二次被害に帰宅困難者が巻き込まれる」
「様々な二次災害の発生により、さらなる死傷者が発生する可能性」
(東京都「被害想定報告書」5.2 帰宅困難者)
 いまの死傷者数にはカウントされていない「首都直下大震災」のリスク。
 確かに過去の大震災でも、交通機関が打撃を受け、多くの人が群集となって被災地を歩くという現象は起きている。1995 年・阪神・淡路大震災では、神戸から大阪方面に向かう人の列が歩道だけに収まらず車道にまであふれた。臨時バスが走るようになると、満員電車さながらのバス待ちの列が歩道を埋めた。当時、現場で取材をしていて何度も眼にした光景だが、しかし、そのなかで多数の負傷者が出たという記憶はない。
 2011 年・東日本大震災の東京でも鉄道網はストップ、当日の夕方以降、どの幹線道路も勤務先から自宅へと向かう人たちで埋まった。主要駅のバス・ターミナルもバス待ちの人があふれた。しかしやはり、大きな被害につながるまでの混乱はなかった。
 なぜ2 つの「大震災」では、都市ならではの「二次被害」が起きなかったのか?答えは偶然の産物「たまたま大きな余震がなかった」だけだ。
 図1 を見て頂きたい。これは主な内陸の地震について、最初の地震発生から5 日間の地震回数を比較したものだ。阪神・淡路大震災を引き起こした兵庫県南部地震は「余震が多い」タイプではなかった。しかも、余震による神戸市の最大震度は4。震度4 は4 回あったが、いずれも本震発生直後から3 時間後までの間に起きている。まだ人々が群集となって動く段階ではなかった。
 東日本大震災の当日、東京23 区では本震の30 分後に一度だけ震度5弱を記録したが、その後は震度3 止まりだった。
 しかし、次の首都直下地震が起きた時、どんな余震の起き方になるか?は、起きてみないとわからない。2016 年・熊本地震のように震度7 が2回続いたこともあれば、2004 年・新潟県中越地震のように、4 日後までに震度6 級の余震が4 回起きた例もある。
 次の首都直下地震を「首都直下大震災」にしないためには、過去の大震災・地震被害の経験から得られた教訓を対策として実現するとともに、大都市東京ならではの「物理的な可能性」「まだ見ぬ都市被害」にも備えることが必要だ。新被害想定のあとに発行された東京都の「帰宅困難者対策ハンドブック」には図2 のようなイラストが掲載されている。直接的でわかりやすい被災写真がないなかでの苦心がうかがえる。
 災害時の放送、テレビの地震特番もきっと苦労は同じだろう。大地震により起きた事実を切り取ったリアルな映像が次々と届き、それを伝えるだけでも手一杯なのに、「起きると大変だけど、まだ起きてない だから映像もない」リスクをどう伝えていくのか? 「外にいる人は余震が起きたら落下物に気をつけてください」「密集で歩いていると将棋倒しになることもあります」…呼びかけの言葉だけでイメージしてもらえるだろうか。去年の韓国・梨泰院の群集雪崩の記憶が新しいうちは想起のスイッチとなってくれそうだが、いずれ限界は来る。
 首都直下地震は、これまでのピッチャーより“直球も速いが、まだ見ぬ変化球も投げる”、やはり強敵のようだ。

表1 東京都の首都直下地震「最大被害」の比較
図1 最初の大地震からの経過日数(気象庁作成)
図2 東京都「帰宅困難者対策ハンドブック」の啓発イラスト