次の伊豆大島噴火での心配事と次に目指すべきこと
特集:伊豆大島土砂災害から10年ー伊豆大島の土砂災害と今後の火山噴火ー
東京大学名誉教授
森田 裕一
(現:防災科学技術研究所)
2023年3月1日
1986 年11 月15 日から始まった前回の伊豆大島噴火では、最初の数日間は観光客の噴火見物を受け入れるほど島全体に余裕があったが、11月21 日に始まった山腹割れ目噴火直後から一挙に緊迫した状況になり、ほぼすべての住民が島から避難することになった。しかし、その約1ヶ月後には避難が解除されて多くの島民が帰還した。これは後になって正しい判断であったと言えるが、当時の火山研究者は薄氷を踏む思いで火山活動を注視していたであろう。なぜなら伊豆大島では約1400 年前にカルデラを形成した大規模な噴火(S2 噴火)があったし、1777~1778 年の噴火(安永噴火)では半年程度の間隔で3回の大きな噴火があり、3回目が最も大きな噴火であったとされている。万一、全島避難解除後に大規模な噴火が発生していたら、大きな混乱と被害が生じていたであろう。伊豆大島のような玄武岩質マグマの火山では、色々な深さにあるマグマ溜まりが複合的に作用して、規模の大きな噴火に至ることがある。そのため、噴火後は特に注意深く観測データや噴出した火山灰等の分析を通じて、活動の推移を多方面の研究分野から調査する必要がある。また、この噴火活動は1990 年10 月の噴火を最後として一旦終息したが、火山性微動の発生は1990 年代半ばまで続き、火山活動は長い間継続した。このように火山噴火は長期に継続し、しかも活動終息は後になって初めてそれとわかる。その間、長期にわたり常に災害の発生に備えなければならない。これが他の自然災害との大きな違いである。
多くの犠牲者を出した2014 年の御嶽山噴火を契機に改定された活動火山特別措置法により、火山防災対策は確実に進歩した。しかし、次回の噴火でうまく機能するか少し不安がある。避難の引き金として使われる噴火警戒レベルは、今後発生する噴火規模や様式の予測ではなく、発生後の状況を根拠に「高齢者等避難(避難準備)」、「避難」に相当するレベル4、5を発表することが多い。しかも現在のレベル判定基準は、1986 年噴火の観測事例に偏重し、観測データのないS2 噴火や安永噴火の想定が極め
て少なく、避難解除後の噴火活動の再活発化にうまく対応できるか不安である。一方で過度に危険回避側に運用して避難が長引けばその弊害も大きい。2000 年に噴火した三宅島では2005 年の全島避難解除後1 年以上経過した時点でも約2割の島民が戻っておらず、噴火後の長期避難による社会・経済活動の衰退は否めない。噴火対応では、他の自然災害へのように前兆を的確に捉えて避難を促すだけではなく、噴火後の効率的な復興も考慮に入れ、今後の噴火の推移や規模、様式等の予測に基づく柔軟な防災
対策を取ることが理想である。
噴火規模・推移の予測は最新の火山学の水準でも極めて困難である。火山現象は地盤(固体)とマグマ(流体)に加えて火山ガス(気体)が相互に作用する複雑な現象である。噴火規模・推移を予測して減災に繋げるには様々な学術分野の連携が不可欠であるが、国立の大学、研究機関の法人化以降、設置者や専門分野を異にする個々に独立した機関の自発的な努力だけでは連携体制構築に限界がある。火山防災の高度化には、これらの積極的な連携を促す仕組みの創設がすぐにでも必要である。また、噴火後は観測データとともに噴出した火山灰等の特性からマグマの起源を知ることが重要である。立ち入り規制等で火口付近での調査・観測できず火山活動の正確な推移が把握できないという隘路を、上記の連携体制を中核として調査研究者の安全を最大限確保した上で解決すべきである。
ここでは次回の伊豆大島火山噴火の際の心配事を述べたが、同様のことが日本全国の活火山すべてについて言える。わが国の火山防災対策はまだまだ課題が多く残っている。