関東大震災で出来た東京都心部の都市基盤

特集:今でも見られる大正関東地震/関東大震災の遺構

  名古屋大学減災連携研究センター特任教授・寄付研究部門
武村雅之 
2022年9月1日

 

 関東大震災の際、東京市は15 区よりなり、現在の都心8 区の一部または全部がそれにあたっていた。市域が現在の23 区の範囲に広がるのは昭和7 年のことである。被害は東京市15 区に集中し死者68,660 人を出した。現在東京都23 区内には慰霊堂などを含め全部で65 の関東大震災関連の慰霊碑が確認できる。都心8 区が上位を占め、最大の犠牲者を出した墨田区では慰霊碑の数も18 と最大で、次いで台東区、江東区の順となっている。この3 区だけで35 件、全体の半数以上を占める。一方、郊外15 区の中で慰霊碑が比較的多いのは品川区と大田区で合わせて11 件認められる。これらのほとんどは、都心部の隅田川などから大井、大森、羽田などの海岸に流れ着いた遺体を地元住民が手厚く葬ったものである。
 このような大きな被害から立ち直るために、主に東京市内の焼失地域を対象に行われたのが帝都復興事業である。震災翌年の大正13 年から昭和5 年3 月の帝都復興祭まで足かけ7 年にわたり、総額7 億円余り(現在の貨幣価値で約4 兆円)をかけて実施された。中でも土地区画整理は、世界でも類をみない既成市街地を対象とする大規模なもので区画整理により生まれた幅員3 m 以上の街路の総延長は605 km にもなる。道路も昭和通りや靖国通り(当初は大正通り)など22 m から73 m の幅員を有する幹線道路52 線(総延長117 km)、と四ツ目通りや三ツ目通りなど22 m 以下の補助線街路122 線(総延長139 km)、震災前から整備されていた中央通りを除く東京都心部のほぼ全ての通りがこの時期に造られた。
現在地下鉄が通る道路は、その際に将来を見据えて幅員27 m 以上を確保した道路がほとんどである。
 また橋梁についても、震災で多くの犠牲者を出したことを教訓に、耐震・耐火性はもとより、街の美観の観点も十分考慮して、修繕補強の194 橋を含め全部で576 橋が架けられた。東京を代表する河川である隅田川では、河口部の相生橋から上流部の千住大橋まで、現在、高速道路専用橋を除く道路橋が16 橋あるが、復興期に架けられたのは11 橋で、そのうち10 橋は現在も使用されている。これらは全てその後の戦災も生き抜いたすばらしいデザインの橋ばかりである。中でも「帝都東京の門」と称された永代橋と「震災復興の華」と呼ばれ、優美なデザインを誇る清洲橋は現在国の重要文化財となっている。
 さらに中小河川でも、例えば神田川では飯田橋より下流部での道路橋14 橋のうち13 橋が帝都復興事業によるもので、10 橋は現在も使用されている。中でも聖橋、昌平橋、万世橋の3 橋は、復興の艶姿を神田川に写す橋として賞賛された。また、現在はすべてが高速道路の通り道となってしまった外濠・日本橋川や旧楓川、旧築地川でも多くの復興橋梁が市民の生活を支え続けている。震災で生き残った明治の名橋日本橋と並び称される昭和通りの江戸橋もその一つで、高速道路に押しつぶされそうな姿を見るにつけ戦後のイベント便乗型開発を後悔する市民も多いことと思う。
 帝都復興事業では防災上はもちろん品格を備えた街にすべく公園建設にも力が注がれた。浜町、隅田、錦糸の三大公園を始め、校庭の狭さの解消を第一に地域のシンボルとなることも念頭に、復興小学校に隣接して52の復興小公園がつくられた。残念ながら、戦中・戦後の破壊で往時の姿を留めているものは殆んどない。ただし、銀座の泰明小学校や日本橋の常盤小学校など当時の校舎が残る復興小学校を見ると、文化・教育施設を大切にした事業であったことがうかがえる。帝都復興事業は、公共性を重視し
国民的合意のもとに東京を首都としてふさわしい街にすべく行われた。その結果、成果は今でも都市基盤として都心部を支え続け、同時に地震危険度を下げる役割も果たしている。
 一方、現在の東京は、郊外各区の木造密集地域、海抜ゼロメートル地帯、首都高速道路による水辺の荒廃に加え、行き過ぎた容積率緩和による高層ビルの密集や湾岸埋め立て地での大量のタワーマンション建設による地震時の孤立やエレベータの閉じ込め事故の恐れなど様々な問題を抱えている。
街は市民に対し平等に利益をもたらすものでなければならない。そのような街にこそ市民の連帯意識が生まれ、共助のこころもはぐくまれて、為政者も市民も一帯となって防災に取りくむ社会が実現するのではないか。関東大震災から100 年目を、これからの東京を考える元年とできることを願わずにはいられない。

[参考文献]
武村雅之(2019-2021)『東京都における関東大震災の慰霊碑・記念碑・遺構その1-3 名古屋大学連携研究センター、全3 冊、合計608 頁