感染症を含む自然災害における地方自治体の 危機管理体制・計画に関する研究

特集:CIDIR教員の教育

(工学系研究科 社会基盤学専攻 修士課程修了)
西崎 航貴
2022年6月1日

  本研究では災害対応に動員される専門知を分類し、災害対応において専門知がどのように活用されているのかについて記述を行うこの記述を通して、災害対応における理論- 標準化の限界について議論を行う。また、災害対応を契機としてどのように専門知が改訂されるのかについても記述を行う。更にこれらを実例から検証する。これらの記述と実証を通じて災害対応におけるより包括的な理論を準備することを目的とする。
 公共政策の実施において専門家と素人という対立構図が注目されている。
また災害対応における包括的な理論の不在が指摘されている。この2 つには関連がある。すなわち、専門家と素人という単純な二分法を採用することによって、災害対応に関連する専門知のあり方を十分に捉えることができず、また災害への対応はあらゆる人によって行われるという性質を捉えられない。この困難が理論の不在につながっている。そこで本研究では、「専門知」をすべてのひとに分布する「知識」として捉え直すことによって、災害対応に関わる専門知の性質について記述を行った。このことによって災害対応における理論構築の準備とした。ここでは、その一部を紹介する。
 災害という一回性の高い事象の性質から、災害対応に関連する学問の専門知は、災害時に想定外の事態を発生させ、動揺することを記述する。これを地震学のディシプリンから検討した。地震学に関する研究計画の変遷を追うことで災害を契機とした地震学の専門知の動揺を傍証した(図1)。1962 年に提出された、いわゆる「ブループリント」以来の地震学における国家的研究計画の変遷を辿ることによって、災害を契機にどのように専門知が揺らいでいったの
かを検討した。阪神・淡路大震災と東日本大震災という二つの大きな地震を契機として予知計画、予知のための観測、そして軽減のための観測研究へと研究計画のタイトルが推移していることを確認した。阪神・淡路大震災では社会的に期待される「地震予知」の困難さが衆目のもとに明らかになり、予知の概念の整理が行われ、観測への傾倒が大きくなったこと、また国の新たな機関へと研究計画主体が移ったことが確認できた。また東日本大震災では仮に地震学的観点から知見が提供できていても土木工学など他の学問分野ないし一般社会での理解を得られなければ実際的な災害リスクの低減には役立たないということが明らかになり、アウトリーチを行うための研究計画へと変更されていることが明らかになった。さらに、現象の研究にはデータが必要だが、頻度が少ない巨大地震はその性質上データ
が足りず、地震のたびに大きく研究が前進するという災害対応に関連する学問特有の性質を確認した。それゆえに、学問分野内部が非常に論争的であるという性質も確認した。

図1 地震学の動揺の過程