東日本大震災の「教訓」と「伝承」

特集:東京電力福島第一原子力発電所事故からの10年間

情報学環総合防災情報研究センター・准教授
関谷直也
2022年3月1日

 

 

 東日本大震災の復興における現在の大きな課題の一つが「伝承」「情報発信」である。
 岩手県陸前高田市には「東日本大震災津波伝承館」、宮城県石巻市には「みやぎ東日本大震災津波伝承館」、福島県双葉町には「東日本大震災・原子力災害伝承館」が設置された。「気仙沼市東日本大震災遺構・伝承館」、「3.11 伝承ロード」もふくめ「伝承」という言葉が共通する。
 「伝承」といっても、東日本大震災では何を「伝承」し、情報発信すべきなのか。広島・長崎からは「平和」「反戦」、公害問題からは「環境」、阪神・淡路大震災からは「防災」を教訓として学び取ろうとする。もちろん、岩手・宮城では津波避難・津波被害が主眼であるが、原子力災害に関しては、災害後の混乱や大規模避難の苦渋、復興途上を伝えることを大前提としながらも、必ずしも「脱原発」「反原発」という訳ではないし「原子力防災」という訳でもない。共通した明白なメッセージがあるかというと難しい。
 ところで、海外における原子力に関連する展示施設は、様々な特徴を持っている。
 チェルノブイリにおいては、「世界を救った人たち」としての消防士、処理作業に従事したリグビダートル、放射線被害という健康被害という惨事の伝えるとともに、プリピャチへのツアーなどから、強制避難の苦渋、失われた時間を体感する、「悲劇」を伝えるというダークツーリズムが象徴的である。旧ソ連の事故処理に対する恨みと運命論というキリスト教的な価値観が同居するところに、その特徴がある。
 ネバダ州にある核実験博物館は、平時・戦時を含め、当時の核をめぐる正当性、核実験を目的とした観光、Miss Atomic Bomb、Atomic Cocktail など当時のサブカルチャーを伝えるような展示が多くみられる。
 ワシントン州ハンフォードにおいては、REACH 博物館とワシントン州立大学において、マンハッタン計画を支えた場所という誇りと、クリーンアップの成果、Pacific Northwest National Laboratory という国立研究所の設置までを範疇とした地域振興を伝えるアーカイブ群が成立している。
 東京電力福島第一原子力発電所事故に関しては、廃炉・エンドステートに関する議論、中間貯蔵施設、処理水などの問題が課題として残っている。もちろん、今後、原子力災害を引き起こさない、大規模災害・複合災害・広域災害で対応する方法を伝える方策を考える/学ぶということも重要である。また単に「災害を忘れてはならない」というが、そもそも一人ひとりが体験した東日本大震災・原子力災害の体験、一人ひとりが考えている東日本大震災・原子力災害の教訓は異なる。そして、それらを踏まえつつも、事故によって失われてしまった、混乱してしまったコミュニティや生活、人間関係と、それでもまた再生しようとする地域の力も強く記録・記憶しなければならない。
 「伝承」として、「何」を伝えるべきなのか、「何」を学ぶべきなのか。東日本大震災・原子力災害に関しては、コンセンサスはまだない。10 年を超えて、ようやく落ちついてきたからこそ、この災害から学ぶとことは何かという、深淵な、長期的な課題が立ち現れている。
 「伝承」という言葉に戻りたい。どこかで、この規模の災害や災禍は自分の生きている間に再び起こらないだろうと思っている人が多いからこそ、伝え、承るという「伝承」という言葉が使われるのではあるまいか。コロナ禍で東日本大震災への関心が薄れる中、われわれは何を教訓とするのか、東日本大震災への関心を失った層に、次世代に、海外に何をどう伝えていくのか、これが現在の最大の復興課題の一つである。