東日本大震災および原子力災害から10年を経て

特集:東京電力福島第一原子力発電所事故からの10年間

立命館大学産業社会学部・教授/福島大学食農学類、情報学環総合防災情報研究センター・客員教授
丹波史紀
2022年3月1日

 東日本大震災および原子力災害からもうすぐ11 年という月日が過ぎようとしている。未曾有の大規模・複合災害と言われたこの災害から人びとは何を教訓として導き、社会の脆弱さを改善させたのだろうか。2022 年1 月15 日に発生したトンガ火山噴火において、日本でも深夜の津波警報・注意報が出された。しかし、東日本大震災による津波被害のあった津波浸水区域に宿泊施設が存在していたことや、テレビなどの津波警報・注意報が出されていても、実際に揺れや災害の直接的な経験をしなかった多くの人びとは警報や注意報が出された事実すらもしばらく認知できていなかったという事実は、東日本大震災からの教訓を十分くみ取っていたのかという自省の念にかられる。
 ひるがえって東日本大震災という災害は、その後の地域社会にも大きな影響を与えている。特に原子力災害によって長期避難を余儀なくされた地域は、長引く避難生活の影響がその後の人びとの暮らしに影響を与え続けている。帰還する条件が長く整わなかった自治体では、住民の帰還が思うように進んでいない。もちろん自治体も移住・定住人口の拡大など新たな住民の受入にも積極的に取り組み、一定の成果も出していることも事実だ。ただ地域の状況をみると、住環境の変化や、急激な人口減少、高齢化の進展など、震災以前から比べ、大きく地域が変化している。
 震災から10 年を経て、こうした新たな状況の下、これからの地域社会のありようをどのように展望していくかは大きな課題と言える。その一つの課題としてあげられるのが、世帯構成や人口規模の変化の中で、急激な高齢社会の進展による健康や福祉の領域である。
 東日本大震災および原子力災害によって長期避難を余儀なくされた自治体においてみられる傾向は、若年層の人口回復スピードの鈍化の一方で、中高年層の帰還が進展していることである。ただし先行して帰還がはじまった自治体の状況をみると、こうした中高年層で帰還している層の多くは、自立度の高い元気な中高年層で、自分で車が運転でき、買い物や病院に行ける人たちである。逆に言えば、要介護度が相対的に高く自立度が低い高齢者はむしろ避難先の医療や福祉の社会資源につながって避難生活を続けているとも言える。ただしこうした元気な中高年層も、今後10 年20 年と地域の暮らしを続けていくうちに、いずれはケアを必要とする存在になっていくであろう。
 日本はシンガポールに続いて世界第2 位の長寿国と言われる。男性で80 歳、女性で86 歳で世界トップレベルを誇る平均寿命である。だが、自立度を保ち健康な状態でいられる、いわゆる「健康寿命」は、男性は71 歳、女性は74歳と言われ、平均寿命と健康寿命の差は約10 年の開きがある。この約10 年という月日は、要介護などケアの必要となる高齢者であり、超高齢社会をむかえる日本は、今後この健康寿命を延伸させ、平均寿命との差をいかに少なくするかが課題(元気な高齢者をさらに多く)といえる。
 一方で、原子力災害のあった地域をみると、長引く避難生活の影響によって、介護保険料は、全国平均よりも高くなっているのが現状である。急激におとずれる高齢化の進展に、いかに「地域包括ケア」や健康づくりに取り組むかが急務となっていると言えよう。先行して帰還する中高年層が、介護度が高くなってからケアをする体制ではなく、できるだけ健康寿命を延伸させ、元気な高齢期をできるだけ長くする仕組みが必要となる。自らの健康を自らが増進させるための仕掛けづくりを、高齢者だけでなく健康を意識し始める中年層から進めていくことが重要であり、そのための健康づくりを地域全体で進めていくことが必要である。こうした日本の課題を先取りした被災地の課題を解決する方策を見いだすことは、ひいては日本社会全体の健康社会にも寄与することができ、結果として医療費や介護給付費の抑制にもつながっていく可能性を有している。