災害対策基本法を地域から見ると

特集:災害対策基本法制定 60周年

静岡大学 防災総合センター 特任教授
岩田孝仁
2021年12月1日

 私が災害対策基本法(以下「災対法」)と関わり始めたのは静岡県で東海地震対策に取組んだ1979 年からのことで、42 年目のお付き合いになる。
 60 年前の災対法の制定にあたっては、災害対策全般の体系化を図る必要から、主な内容の第一に「防災責任の明確化」があげられ、第3 条から7 条には、国、都道府県、市町村、指定公共機関、住民等の責務の考え方が規定されている。例えば、国は計画や法令に基づいて災害対策を実施し、地方公共団体などとの総合調整、さらには経費負担の適正化を図るとされ、都道府県は災害対策の実施、市町村などへの支援と総合調整を行うとしている。一方、市町村は調整機能ではなく、基礎的な地方公共団体として防災対策を実施する責務を有するとされる。
 1995 年の阪神・淡路大震災以前の法改正は必要最低限の事項にとどまっていたが、この震災や2011 年の東日本大震災以降は災害対応の実効性を高めるため、役割をさらに明確にし、防災対策の具体的措置にまで踏み込んだ法改正が頻繁に行われている。
 近年の災害教訓では、いざ災害に遭遇した時の避難行動など、個人や地域での取組みが命運を分かつ事態になることから、住民一人一人の行動とともに、直接住民と接している市町村の役割が一層重視されるようになってきた。こうした傾向は法改正の中にも表れ、例えば、東日本大震災を受けた改正では高齢や障害などで津波や洪水など緊急時の避難行動が不自由な、いわゆる「災害時要支援者」の避難支援のため、要支援者の名簿作成が市町村に義務化され、さらに昨今の大規模水害の教訓から要支援者個々に個別避難計画の作成が市町村の努力義務とされるようになった。
 国レベルでの取り組みは全国的な応援調整が主で、こうした個々の要支援者への対応は地方自治体、それも基礎自治体である市町村への負荷が増してくる。いわゆる事前の災害予防に重きが置かれるようになってきたが、こうした負荷を軽減するためには、国の役割として単なる旗振りではなく、防災の専門人材を自治体が普段から抱える際の財政支援や人材育成にも積極的に踏み込んでいく必要がある。
 さらに、現在の災対法は、起きてしまった災害やまさに起きようとしている災害への対処が主となり、災害が起きないようにする災害予防の分野がまだまだ弱い。近年の地方都市では都市郊外の遊水的機能があった場所にも市街地が拡大するなど、災害に対して元来脆弱な地域に多くの社会基盤を抱えるようになってきた。こうしたことが災害の特異化を引き起こしている。また、2021 年7 月に熱海市で発生した泥流災害は、ある意味で違法的な状態にあった大量の盛土が崩落し、行方不明1 名を含む27 名の尊い命が犠牲になった。こうした特異な災害に対し、災害を未然に予防するという視点から災対法にも一定の役割を持たせることができないかと強く考える。
 災対法第2 条の2 では、防災とは「災害を未然に防止し、災害が発生した場合における被害の拡大を防ぎ、及び災害の復旧を図ることをいう」と定義されている。いわゆる災害の予防・応急・復旧(復興)のサイクルの中でも、特に災害の未然防止については一地方の努力だけにゆだねず、災対法の中で、国の権限も伴って強く是正することを考えるべきではないか。
 行動の自由が保障されている日本国憲法の中でも、あえて命を守るための強制退去が災対法第63 条では市町村長の警戒区域設定権として規定されている。災害が発生、又はまさに発生しようとしている場合には、命を守るため、市町村長は警戒区域を設定して立入りを制限・禁止、又は退去を命ずることができ、ある意味、個人が自由に行動する権利を制約することを可能としている。制約の内容は異なるかもしれないが、災害予防という視点では、災害となる危険性が極めて高い土地からの事前退去や原因となる区域等の撤去など、災対法でも災害の未然防止に踏み込める余地は数多く残っているのではと考える。