常態化する災害と企業経営 〜企業防災・事業継続対策の観点から〜
特集:東日本大震災から10年-防災対策は何が変わったか?
日本政策投資銀行(DBJ) 蛭間芳樹
2021年3月1日
東日本大震災後に、内閣府防災担当が作成した「事業継続ガイドライン第三版(平成25年8月)」。著者はその策定委員であり、またDBJにおいて、金融機関の立場から防災や事業継続対策への投資(BCM格付融資)、危機対応支援、復興支援を行ってきた。災害レジリエンスの高い日本社会、経済を実現するために、様々な機関が積極的な活動を行ってきたが、本稿執筆を機にこの10年間を振り返ると、また、足下の新型コロナウィルス感染症への対応状況や、各被災地の復興の現状を踏まえると、猛省せざるを得ない。
先ほどのBCPガイドラインの副題には、「あらゆる危機的事象を乗り越えるための戦略と対応」の表記がある。なぜこの表記になったのかを、企業防災、事業継続対策の歴史から解説する。企業の防災、事業継続対策は、戦後の過去の大きな災害と共に進化を遂げてきた。1959年の伊勢湾台風を機に制定された災害対策基本法は、1995年の阪神淡路大震災などの災害を経て、国や自治体が責務を負う防災対策の一部に民間事業者を位置づけ、地域防災を担う共助パートナーとしての役割を求めてきた。企業からすれば、それは社会の構成員として果たすべき社会的責任(CSR)の側面でもあった。
しかし、2001年の米国同時多発テロ事件や2004年の新潟県中越沖地震で、企業の認識は大きく変わる。危機や災害が発生しても、企業の事業継続(BC:Business Continuity)が、供給責任の名のもとに要請されるようになったのだ。世界経済に成長の機会を求めて進出した日系企業は、海外の取引先から、その安定供給力を半ば査定される状況となり、その後取引要件化した。欧米取引先や海外の大手再保険事業者は、日系企業の事業基盤の脆弱性を、供給途絶のリスクが大きい地域に立地している等の理由から、彼らなりの目利きで日系企業を評価してきた。そこに、2011年、東日本大震災が発生した。日系企業は津波、地震、そして原子力発電事故の複合災害に直面しつつ、同年タイの大洪水の対応にも迫られた。悲しいかな、当時、世界経済フォーラムが公表したグローバル・リスク報告書2013では、日本社会の危機管理力は139か国中69位と評価された。
災害大国が不利になる状況を一変させたい。むしろ、様々な災害経験値を日本社会や経済の強みにできないか、との思いで先のBCPガイドライン第3版は、「あらゆる危機的事象を乗り越える」という言葉を打ち出したのだ。特定の災害対応計画だけでなく複合リスクに対応できるように、「危」を「機」と捉えて事業が成長できるような経営マネジメントを求めたのである。あれから10年。内閣府「平成29年度企業の事業継続及び防災の取り組みに関する実態調査」では、BCPの策定率は、大企業が64.0%、中堅企業が31.8%の状況で、正直申し上げて普及途上の状況だ。また、BCPの質的側面や実行性が、どこまであるのかを評価、担保する仕組みは社会全体として不足している。近時の災害の都度、「BCPはあっても使い物にならない」という声は、未だに多く聞く。一方、企業経営の基盤と統合し、防災、事業継続対策を推進してきた企業は、コロナ危機も見事に対応している。ある製造業では、国境封鎖などの様々な制約がある中、世界各国の拠点をリモートで繋ぎ災害対策本部を運営し、戦略在庫見合いで顧客の優先順位をつけ、従業員は可能な限り在宅勤務を指示した。世界の競合他社が供給停止となるなか、彼らの株価は上昇し、売り上げは過去最高水準を計上している。 最後に3点、今後10年の間で重要となるであろう企業の防災、BCに関するテーマを述べる。1つ目は、防災、BCと経営部門との統合、換言すればオールハザード対応型の危機管理経営の実践だ。気候変動リスク、感染症、サイバー等、個別具体の経営リスクに対して、防災、BCの活動基盤を生かした経営ガバナンス改革が期待される。2つ目は、撤退と新陳代謝のBCだ。早期の事業停止、売却、撤退により経営的な致命傷を負うまえに、既存事業を止め、新規事業に転換することも広義のBCである。まさに、コロナ禍においては見直す事業が数多く顕在化したはずである。デジタルやグリーンは、その仕分けの篩のツールとなっている。勝負の分かれ目は、改革のスピードだ。3つ目は、経済安全保障を通じた国際的なイニシアティブの獲得だ。昨今のESGやSDGsは知っていても、仙台防災枠組みを知らない企業の防災、BCP担当者が多い。日系企業が海外で活動する際、経済価値の貢献のみならず、人命安全と事業継続がもたらす様々な社会価値の貢献も併せて行うことで、両国の経済関係、域内の地政学リスク低減、さらには日本の経済安全保障にも資する。