避難意図モデルから見た地域課題の発掘

CIDIR Report

田中淳
2019年12月1日

 避難をするという意思決定はどのようになされるのだろうか、その意思決定の過程を踏まえるとどうすれば避難行動を促進することが出来るのだろうか。CIDIRでは、この意思決定過程に関して計画行動理論に基づく一連の研究を行ってきた。計画行動理論とは、行動の前提としてその行動をとるという意図の存在を仮定し、その意図に影響する要因を分析した理論モデルである。これまで健康行動やレジャー行動や環境保護行動、投資行動など幅広い行動で適用されてきたが、災害研究においても先行研究が蓄積されて来ている。
 その中で、津波避難意図に対する規程因として「リスク認知」、「効果評価」、「実行可能性(自己効力感)」、「主観的規範」、「記述的規範」、「コスト」の心理要因を仮定して、ある程度安定した結果を得てきている(宇田川ら、2019)。さらに、避難意図の程度に主観的規範、リスク認知、そして効果評価と実行可能性が合わさった因子が有意な説明力を持っていたことが示されている。
 今回報告するのは、2019年2月に高知市で実施した調査結果である。調査方法は、タウンメールで配布し郵送で回収し、784票の配布に対して158票の有効票を回収した(回収率20.2%)。今回の調査の目的は、これまでの調査で避難意図に規範意識が大きく寄与していたことから、居住歴の長い住民と短い住民の混在する高知市の中心部近傍の2地区を比較することにある。規範意識は、当該地区での居住歴の長さが影響すると想定したためである。
 対象地区は津波浸水深が最大3~5m、津波到達時間は最短20~30分程度の地域である。その結果、18項目を対象とした因子分析を行い、5因子に指定した場合は宇田川ら(2019)と同様に効果評価と実行可能性が1つの因子としてまとまり、理論仮説に基づいて6因子指定をした場合は効果評価と実行可能性が別の因子として別れた。その他の因子に関してはどちらの分析でも理論仮説通りの因子構造を示した。さらに、「強い揺れを感じたとき」、「長い揺れを感じたとき」、「大津波警報を見聞きしたとき」、「市役所から避難勧告・避難指示などを見聞きしたとき」の4項目に対して「移動しない」、「たぶん移動しない」、「たぶん移動する」、「必ず移動する」のいずれかで回答を求め、これらの4項目間の移動意図の平均値を算出し「避難意図」として分析に使用した。
 避難意図との相関についてみると、主観的規範、記述的規範、そしてリスク認知が避難意図と有意な正の相関を示した。逆に、コストは有意な相関がなく、また実行可能性と効果評価は1因子として分析しても2因子として分析しても避難意図とは有意な相関を示さなかった。同様に回帰分析(ステップワイズ法)の結果でも、相関分析と同様に、主観的規範、記述的規範、そしてリスク認知が避難意図に対する有意な効果を持つことが示された。このように複数の地域で一貫した結果を得られていることから、ある程度まで避難意図構造を測定する安定した尺度を構成することができたと考えている。
 この規範とリスク認知が有意であることは、これまで提唱されてきた避難モデルの中で、危険性の認知だけではなく他者の働きかけ等社会的要因を重視するモデルと一致する結果である。さらに詳細に見ると、避難意図に対して効果のある因子は地域によらず共通性の高い因子と、地域によって異なる因子とが存在する可能性を示唆している。たとえば主観的規範は沼津での調査でも今回の高知での調査でも有意な効果が見られており、普遍的な効果を持つ可能性がある。この主観的規範は家族や近隣から避難することを期待されていると受け止めている程度であり、この因子が効果を持つということは同じ地域でも個人差があるということを意味する。したがって、地域全体として避難すべきという雰囲気をより醸成していく必要があることを示していると解釈される。また沼津調査では実行可能性と効果評価に効果がみられた。この結果は、津波避難のしやすさに地理的および認知的に差がある可能性を示唆しているものと考えられる。この尺度を種々の地域・災害に適用することで、避難促進に資する因子を抽出し、改善を図るポイントを明示していければと考えている。