警戒レベルの課題
特集:平成30年7月豪雨の教訓
関谷直也
2019年12月1日
本稿では、今年度の水害、台風19号などを踏まえて、現段階での警戒レベルの問題点を整理したい。
第一に、「警戒レベル」そのものが十分に周知されていないことである。特に「河川」情報との関係についての周知が不十分である。本来は、河川、気象警報、避難に関する情報を同じ枠組みで伝えるということに意味があったはずである。だが、台風19号の後で我々が行った調査からは、「河川」の情報が警戒レベルに位置づけられていると理解している人が少ない(表1)。これは事前の周知が不十分でもあるし、防災気象情報に関しては、気象キャスターや気象予報士など気象のプロが解説するため、どうしても台風や特別警報など気象警報の解説が中心になり、河川への警戒の意味を伝えきれていないこと、またそれぞれの地域で気を付けるべき河川が異なるため、放送では大河川かつ首都圏の河川への呼びかけが中心になってしまったことなどの理由が考えられる。
また、台風19号において特別警報がだされた13都県において、災害情報の用語として最も認知されていたものは「特別警報」であり、次に「避難指示(緊急)」「避難勧告」という避難系の情報であり、それらに比べて河川に関する情報は意識が低いことが分かった(図1)。雨や台風について呼び掛けることは間違っていないが、それらが降雨となって河川氾濫であり土石流、地すべりなど土砂崩壊になって初めて災害になるのだから、河川に関する情報や土砂災害警戒情報にもっと関心が寄せられてしかるべきである。これは改めて考えるべき大きな課題である。
第二に、「全員避難」という言葉について、あまり十分な説明がないままこの警戒レベルの運用が始まったことである。警戒レベルは、基本、水害、土砂災害についてのものなので、水害・土砂災害の可能性がない平野やマンションの上層階に住む人は緊急的な避難の必要がない。だが、それも含めて理解して、呼びかけ(事前の周知)まで行っている自治体やメディアは極めて少ないのが実態である。警戒レベルの表では避難勧告・避難指示は、警戒レベル4「全員避難」とされ、内閣府は放送局などのメディアには「全員避難」という文言で呼び掛けてほしいと呼びかけていた。そして、6月の鹿児島市の豪雨や台風19号では、メディアが文言通り「全員避難」と呼び掛けたため過剰に反応した人もおり、避難所が収容人数を超えるなど混乱した。事実、『全員避難』とは、その地域が「『住民の全員』が何らかの避難行動をせよ」「避難所に避難せよ」という意味であると誤解している人が極めて多い。これだけ多くの割合の人がそのように理解していたら、混乱して当然である。(表1)。これについては、各機関が十分に内容を理解せぬまま警戒レベルの運用がはじまったことの証左である。今後、「全員避難」の意味を丁寧に説明していくことが必要であろう。
第三に、レベル4にあたる「避難勧告」と土砂災害警戒情報との関係性である。土砂災害警戒情報は、安全サイドにたって見逃しを防ぐという方針で設計されており、的中率は低い。土砂災害警戒情報がでたとしても、土砂災害がおこるとは限らないという「空振り」を前提に考える必要がある。
内閣府は、避難勧告等のガイドラインにおいて、土砂災害警戒区域や河川の氾濫区域に該当する人に絞って、土砂災害警戒情報がでた場合には速やかに避難勧告、避難指示を出すようにいっている。だが、土砂災害警戒区域は様々な場所にあるため連動して避難勧告や避難指示を出すのは難しい。たとえば、横浜市は、これに対応するために「土砂災害警戒情報」の発表とともに避難勧告を一斉に発令する区域(即時避難勧告対象区域)を設けているなど工夫をしている。土砂災害や水害においての避難勧告や指示を出す際にはエリアを限定しなければ混乱を生むこと、広いエリアに向けて避難勧告・避難指示を出す場合は、事前に住民の理解が必要であることを改めて考えておく必要がある。
第四にレベル4の「幅」である。レベル4には避難をしてほしいが故に発する「避難勧告」、さらにその上の段階の「避難指示(緊急)」、土砂災害警戒情報が出たので念のため継続して出されるレベル4「避難勧告」まで、いくつかのフェーズがある。これがなかなか伝わりにくい(わかりにくい)という課題も浮かび上がった。警戒レベルの導入は避難勧告の意味を押し上げた一方で、避難指示(緊急)の意味が相対的に弱まったともいえる。これは今後の課題である。
第五に、今年度から導入された警戒レベル5「災害発生情報」の基準である。台風19号では様々なところで災害発生情報が出されたが、この「災害発生情報」については基準があいまいで、発表されないケースも多くみられる。7月初めの大雨により鹿児島県内で2人が犠牲になるなど、土砂災害は複数個所で発生したが「レベル5」は発表されなかった。その後、8月29日に山口県宇部市、9月5日に三重県東員町、9月6日に三重県菰野町、9月9日に千葉県茂原市で警戒レベル5「災害発生情報」が発表されている。災害発生情報については、内閣府によれば「氾濫発生情報のほか、水防団等からの報告やカメラ画像等により把握できた場合に可能な範囲で発令する」となっているが、この基準でいえば、今年度、発出されてしかるべきではあったが発出されていない市町村は多くある。発表基準が曖昧か、もしくは市町村に十分この意味が伝わっていないかいずれかの課題がある。今後、検証する必要があるだろう。