熊本地震と地震火災

特集:地震火災

廣井悠

2016年12月1日

 本年4月に発生した熊本地震では、前震と本震で強い揺れが2度襲うなど熊本県を中心として甚大な被害が発生したが、これに伴って地震火災もいくつか発生している。筆者ら(日本火災学会・地震火災専門委員会)は2016年8月~10月の期間に、前震もしくは本震で震度5強以上の揺れがあった全25消防本部を対象とした質問紙調査を行っている。ここでは熊本地震発生から約1ヶ月(平成28年4月14日21時から平成28年5月14日24時)までに発生した火災97件の詳細を尋ねると共にその内容を精査し、結果的に18件の地震との関連が疑われる火災を見つけることができた。ここでは速報の位置づけながら、これらの分析をとおして熊本地震に伴って発生した地震火災の傾向を紹介したい。
 図1はこれら18件の出火原因を示したものであるが、熊本地震に伴って発生した火災は、約半分が電気によるものであった。このうち電気配線・コンセントに関連するものは特に多く約4割を占める。他方で非常用電源設備からの出火は2件と多く、これは東日本大震災時と同数であった。その他の原因はガス器具や工場設備と続いている。出火原因については、東日本大震災時に発生した地震火災とほぼ同様の傾向(津波火災を除く)がみられるものの、非常用電源設備からの出火がまたしても確認できたことから、今後、首都直下地震や南海トラフ巨大地震時にこれらの設備が充実している中高層建築物から出火するリスクを検討する必要性が示唆される。なお出火日時についてはほとんどの火災が本震発生の16日までに発生しており、地震発生後から断続的に出火していた東日本大震災時とはやや傾向が異なっている。3月12日以降、東日本大震災時に断続的に発生していた地震火災はローソクによるものが多く、停電した世帯の数や余震の数などがこの差に現れている可能性もある。

図1:地震火災の出火原因(N=18)

 次に、焼損の程度や消防活動について報告する。この18件の全焼損床面積は2,692.4㎡であり、全焼損棟数は22棟であることが判明した。火元建物の焼損程度を示したものが図2であるが、部分焼以上が約4割を占めた。このうち全焼の4件は全て木造建物からの出火であり、うち隣棟への延焼は2件である。また半焼の2件は1件が非木造であった。全焼・半焼が少ない原因は、風速が約1~2m/sと風がそこまで強くなかったことや、後述するように多くの火災に対して消防が駆けつけていることからも、消防が機能する出火密度・状況であった可能性が示唆される。ところで火元建物の地震被害は全体の3/4に地震被害がみられなかったものの、地震によって倒壊・全壊した建物からの出火は2件とも全焼に至っている(うち1件は隣棟へ延焼。なお一部損壊の1件は半焼)。12.png図2:焼損規模(N=17)
 他方で消防については、図3に示すように、半分以上が携帯電話による覚知であった。また、出火時刻と覚知時刻並びに出火時刻と現場到着時刻の差をみると、出火から覚知までの時間は10分(中央値)であり、出火から現場到着までの時間は19.5分(中央値)であった。東日本大震災時の津波火災以外の出火時刻と覚知時刻の差は10分(中央値)であったから、覚知までにかかった時間は東日本大震災と同程度と考えられる。
さて、本調査で得られた18件のうち消防活動上、地震の影響があった火災は5件あった。このうち最も多かった影響は「消火栓の使用不可(3件)」であり、この3件は全焼1件、半焼1件、部分焼1件という被害をもたらしている。また「消火栓の水圧が著しく劣った」という影響も1件あり、これは半焼という被害となっている。最後の1件は「震災による出動途上の道路の崩壊で迂回しながら現場へ向かい大幅な時間のロスをした」というものであり、これは火元建物が全焼し隣棟延焼に至っている。本地震に伴って発生した火災は大規模な市街地火災に至るものではなかったものの、地震の影響によって消火栓や道路が通常使用できなくなった場合などは焼損規模が大きかったという解釈が、サンプル数が少ないながらもできそうである。

図3 火災の覚知手段(N=18)

 本報告は、10月に回収された調査票をもとにして速報としてとりまとめたものであり、詳細な分析には至っていない。しかしながらここでは、焼損棟数5棟以上の市街地延焼がなかったこと、中央値だと出火から覚知まで約10分、出火から現場到着まで約20分かかっており、前者は東日本大震災と同程度であること(津波火災を除く)、地震による建物被害および消防活動上の影響があった火災は深刻な焼損にいたっていること、などの傾向がみてとれる。18件という少ない調査データながらも、熊本地震に伴って発生した地震火災の概要をそれなりに把握することができたと考えられる。いずれにせよ、今後、追加の分析を行い、東日本大震災時に発生した地震火災と比較することにより、地震火災の傾向を探ることができるものと考える。