CIDIR災害情報研究会
CIDIRは「災害情報研究会」を定期的に開催している。この研究会は2012年から継続的に開催しており、2013年からは首都直下地震の課題をテーマとした議論を行っている。
首都直下地震では、今までの研究領域の範疇にないような新たな技術的・社会的課題が顕在化する恐れがある。そのため、この研究会では、様々な分野の専門家が集まり、異なる分野の連携により解決すべき首都直下地震への課題を明確化し、新たに求められる研究課題について議論することを目的としている。各回ともに、1名の専門家に話題提供をしていただいた後、参加者による総合討論を行っている。2013年の研究会の開催日及び議題・話題提供者は表1のとおりである。
表1 研究会の開催日および議題・話題提供者
研究会 No. | 開催日 (2013年) | 議題 | 話題提供者 |
1 | 1月28日(月) | 被害想定の課題 | 加藤孝明 准教授 (東京大学生産技術研究所) |
2 | 2月13日(水) | 震災時の首都圏の交通機能 | 田中伸治 准教授 (横浜国立大学大学院都市イノベーション研究院) |
3 | 3月19日(火) | 震災時の東京湾の物流機能 | 安部 賢 氏 (国土交通省港湾局) |
4 | 4月23日(火) | 災害時の石油製品確保の課題 | 小嶌正稔 教授 (東洋大学経営学部) |
5 | 6月17日(月) | 首都直下地震災害の論点整理と今後の研究の方向性 | CIDIR |
各回の話題提供・総合討論の中で、CIDIRとして既存の計画の具体化・詳細化が重要であると感じた課題を、いくつか紹介したい。
【第1回】「2段階避難」という考え方では、まず避難所に行き、広域の大規模火災が発生した場合は広域避難場所(一時避難場所)に避難するとなっている。しかし、現実問題として、区役所職員が避難所から広域避難場所への誘導担当となりうるのか、その実行可能性についての検証が必要ではないだろうか。
【第2回】緊急自動車専用路の選定基準は、普段から交通量が多いことや、9都県市の調整の歴史的経緯などが挙げられる。この点について、「災害拠点病院」、「重要施設・備蓄の拠点」といった点(ノード)を結ぶ最適路という観点から、専用路を再検討してはどうかという提案がなされた。
【第3回】東京湾BCPのあり方についても議論が行われた。東京湾では港湾事業者が多種多様であり、港湾機能の復旧の優先順位決定についての合意形成が困難であることが予測されている。また、予め定められたシナリオだけに頼ることへの異論もある。そのため、優先順位づけよりも、事業者間の情報共有のため、連絡先を交換したり、参集場所を決めたりしている。しかし、被災をすれば結局は優先順位づけの問題を避けて通ることはできず、今後の検討が必要ではないかと思われる。
【第4回】被災後に石油製品を安定的に確保するためには、石油精製能力だけを強化するだけではなく、製品供給先を含めた総合的な強化が求められる。話題提供者からは、今回の震災における製品確保の支障では、製造能力よりも、出荷設備やタンクローリーの制約が大きかったことが指摘された。また、石油製品は連産品であるため、ガソリンや軽油といった特定の製品だけを作り出すことはできないという業界の特徴を踏まえた対策の必要も指摘された。
【第5回】各回の研究会で議論された「首都直下地震時の望ましくない現象」について、それらに関する多角的な課題を一覧表にまとめた。表2は、各回の議論の抜粋である。課題は、状況データの欠如、対応者の欠如・主体間の連携不足、物的資源の欠如、対応方法・技術の欠如、対応戦略の不足、法制度の欠如という6つの分類を行った。
研究会は今後も年間を通して開催し、取り組むべき課題や研究領域のマッピングを行う予定である。
研究会 No. | 望ましくない 現象 | 望ましくない 現象の詳細 | 状況データの 欠如 | 対応者の 欠如 ・連携不足 | 物的資源の 欠如 | 対応方法 ・技術の 欠如 | 対応戦略の 不足 | 法制度の 欠如 |
解決策 | 過去の事例収集、研究 | 組織の整備 ・協議会等の創出 | 計画、研究 | 計画、研究 | 計画、研究 | ルール作り、研究 | ||
1 | 広域避難 | 大量の人々の避難場所への避難 | ・パニックは起こるか。群集になりすぎて動けない状況になるか。誘導の効果はあるか | ・誰が避難場所へ誘導するか ・寝たきり高齢者などの避難を誰が支援するか | ・決められた避難場所に行くとは限らない、2段階避難は最善策かわからない | ・避難場所に誘導するルールがない | ||
避難場所内でのマネジメント | ・多様な避難者に誰が対応するか ・計画は都市整備局、管理運営は区役所や施設管理者となり、連携が不十分 | ・スペースの不足 | ・帰宅困難者と広域避難者の分離が難しい | ・帰宅困難者と広域避難者に同時に対応するためのルールの不備 | ||||
避難途上での火災による死(逃げまどい) | ・過去の事例がない、関東大震災の教訓がどこまで現代に適用可能か | ・誰が避難場所へ誘導するか | ・避難場所に誘導するルールがない | |||||
2 | 震災時の帰宅需要増加 | ・帰宅需要の増加量は未知数。帰宅する歩行者により道路の交通容量が減少する可能性も未知数。 | ・不要なトリップ抑制のための安否確認手法の徹底 ・市民・社会での災害発生時の行動指針に関する認識の共有 | ・不要なトリップ抑制のための安否確認手法の徹底推進 | ||||
震災時の交通規制 | 震度6弱以上の都心への流入規制 | ・想定される災害時の交通需要・容量変化の把握、リアルタイムでの被災状況や交通需要の把握 | ・規制員の人数不足・規制を行う警視庁と、被害・火災状況を把握する他部署との情報共有 | |||||
道路渋滞による物流機能の低下 | ・規制員の人数不足 | ・物流のための交通確保の方法(国民への呼びかけも含めて) | ||||||
停電時の交通への影響 | ・停電した交差点等での交通整理人員の不足 | ・電気に頼らないシステム(ラウンドアバウトなど) | ||||||
3 | 東京湾の護岸の被害 | 老朽化した護岸の被害 | ・どの地震動・津波まで耐える施設にすべきか | ・耐震化のための予算の制約 | ・防潮堤の粘り強い構造への補強 | ・耐震化の優先順位 | ・民間企業の所有する護岸の耐震化推進 | |
護岸の液状化被害 | ・液状化対策のための予算の制約 | ・液状化判定方法の見直し | ・液状化対策の優先順位 | |||||
臨港道路や荷役機械の被害 | ・耐震化のための予算の制約 | ・耐震化の優先順位 | ||||||
湾内の津波避難時の大型船との船舶衝突事故 | ・衝突回避のため船は避難すべきか、係留すべきか、どこに避難するか | ・安全な船舶の避泊場所の指定が進んでいない | ・避泊地の適地の抽出および行動計画 | ・避泊場所の浚渫が難しい | ||||
東京湾BCPに沿った対応 | ・様々な被災シナリオの考慮が必要。津波以外の場合の検討 | ・BCP協議会があるが、更なる連携が必要 | ・各機関の防災対策基準がバラバラである | ・ここだけは早く復旧しないと、という戦略的復旧方針を社会全体で共有すべき。 | ・合意形成をバックアップするルール | |||
物流機能の早期回復 | 東京湾の物流機能の早期回復 | ・目標復旧時期や復旧すべき対象の明確化(エネルギー、穀物など) | ・BCP協議会があるが、物流関係事業者間の更なる連携が必要 | ・水先案内人の不足・高齢化 | ・複数港が同時に被災した場合の計画 | ・エネルギー供給の優先順位 ・震災を機に、機能を高められる復旧 | ・行動計画作成 | |
4 | 石油製品の確保困難 | 生産設備の再稼働困難 | ・再稼働しても、在庫分の原油を使い果たしてしまうと、生産停止になる。再稼働に必要な電力は自家発電だけで十分か。 | ・復旧・安全点検に最速でも1週間必要。在庫がなくなった時の補充手段がない | ||||
石油製品の運搬困難(タンクローリー) | ・タンクローリー数とその運転手の数(ローリー大型化により、数が減少)・タンクローリー自体の燃料、容量限界 | ・専用のタンクローリーでしか運べない | ||||||
需要家(特に工場、病院などの大口需要家)からの緊急要請 | ・需要家のニーズ把握が困難。被災後、石油製品を製造できる場所と生産能力の把握が困難。・自動配送システムの拡充 | ・元売業界の系列化により、元売間の連携が課題である | ・石油ロジスティクスの専門家が少ない | ・緊急時の燃料の優先供給順位の決定ができてきない。 | ・急激な需要増に対する統制(使用制限)ルール、需要家からの要請内容が標準化されていない、 |