御嶽山噴火 そのときの火山研究
特集:2014年御嶽山噴火災害から5年 火山防災はどのように変わったか?
名古屋大学環境学研究科 教授 山岡耕春
2019年9月1日
2014年9月27日に発生した御嶽山の水蒸気噴火は、多くの登山者が山頂にいる時間帯に発生したため、60名を超える犠牲者・行方不明者を出した。御嶽山では,過去には1979年、1991年,2007年に噴火し、1991年と2007年はごく規模の小さな噴火であったものの、2014年と1979年の噴火はそれらと比べて桁違いに規模の大きな噴火であった。1979年と2014年の噴火は新たな噴火口を形成して噴火し、この点でも1991年と2007年の噴火が既存の火口から火山灰を噴出したのとは対照的である。2014年の噴火で得られた観測データで最も注目すべきは、噴火の約10分前から観測された傾斜変動である。11時41分頃から微動が発生しその後すぐに山頂方向が隆起する傾斜変動が観測され始めた。これを検知した気象庁では直ちに注意を促すための情報を出す準備をしていたものの、情報を出す前に噴火してしまった。噴火後に行われた微動や傾斜変動の研究も、2014年噴火は地下から熱水が岩盤を割って上昇することで発生したと考えられている。このような現象は観測設備が整ってから発生した規模の小さな2007年の御嶽山噴火では観測されておらず、比較的規模の大きかった2014年噴火の特徴と考えられる。
ところで、火山において噴火の前兆現象として最も重要な現象は地殻変動である。特にマグマや熱水などが新たに岩盤を割って上昇を始めたときには、活発な地震活動や明確な地殻変動が観測される。例えば、1983年の三宅島や1986年の伊豆大島の側噴火(割れ目噴火)では、噴火の約2時間前から激しい地震活動と地殻変動が観測された。これらの地震や地殻変動は,マグマが岩盤を割り、板状になって上昇する現象(岩脈貫入)と理解されている。1989年に海底噴火を起こした伊豆東部の噴火も同様に岩脈貫入によるものである。1970年代終わりからしばしば群発地震とそれに伴う地殻変動が観測されていた伊豆東部であるが、1989年の海底噴火発生前の群発地震活動はそれまでで最大の活動であり、活発な群発地震発生から噴火まで約10日であった。2000年の有珠山の噴火では,噴火の4日前からやはり活発な地震活動と地殻変動が観測されている。水蒸気噴火についても、2018年に噴火した本白根山では、噴火の2分前に微動と地殻変動が観測されはじめたことが明らかになった。いずれの場合も、地震活動や地殻変動がいきなり始まることが多いことに注目すべきである。また、このような岩盤を割ったマグマや熱水の上昇は岩盤との密度差が駆動力であり、上昇時に割れ目の先端に応力が集中するため、いったん始まった上昇は止まりにくいことも知られている。
岩盤を割ったマグマや熱水の上昇は、明瞭な前兆もなくいきなり始まるため、開始から噴火までの時間は避難のために重要な時間である。その時間は火山によって異なり、マグマや熱水の粘性やそれらが溜まっていた場所の深さ、また上昇するマグマや熱水の量に依存すると考えられる。三宅島や伊豆大島のように2時間程度ならば対応も可能であろうが、御嶽山2014年噴火のように10分程度であったり、2018年の本白根山のように2分では対応が困難である。御嶽山の場合、熱水だまりの深さは、比抵抗解析などの結果も考慮すると、山頂から500mかせいぜい1km程度の深さと推測される。このような浅い場所から粘性の低い熱水が上昇するため、噴火までの時間が短いのであろう。さらに浅い場所は地震を起こしにくいことから、地震活動ではなく微動として現れるものと考えられる。
2014年の御嶽山の場合には1991年や2007年のごく小規模な噴火の前と同様に、噴火にかなり先立って山頂直下の地震活動が観測された。2014年は噴火の2週間ほど前に山頂直下の地震活動が観測された。深部からのマグマ性熱水の上昇が山頂直下の地震活動を引き起こしたと考えられるものの、2007年の地震活動や地殻変動に比べて小規模であった。噴火前の熱の供給で熱水だまりの圧力上昇を引き起こしたものの、熱の供給にたいした差は無かったのかもしれない。2014年の噴火では、たまたま岩盤の破壊を伴った熱水上昇となったため規模の大きな噴火になった可能性が高い。
このようなことを考慮すると、御嶽山の火山活動の把握は今後も確実性を高めるのはなかなか難しいかもしれない。噴火警戒レベルを1から2に上げる基準が明確化されたものの、「規準を超えなければ噴火しない」とは明言はできない。期待できるとすれば,噴火後新たに導入された電磁気的観測やガスの観測である。これらの観測によって、御嶽山の火山活動に関するさらなる理解が進み、予測技術が向上することを期待したい。