報告書 1982年 浦河沖地震と住民の対応
1982年11月1日
① 災害の概要
1982年3月21日(日)午前11時32分、北海道浦河沖に推定マグニチュード7.3の地震が発生した。帯広、小樽札幌、倶知安などで震度4の揺れを記録し、日高郡浦河町は震度6の「烈震」であった。浦河町では重軽傷者89名、住家の全壊6棟、半壊18棟などの被害を出している。
② 調査の内容:
調査対象者:浦河町内に居住する男女1,100名。標本抽出法:層化=二段確率比例抽出法、調査方法:個別面接法、調査期間:1982年4月24日~30日、有効回収数:有効回収数は652名であった、有効回収率:74.0%
③ 主な結果
地震時の心理的反応:地震の最中「冷静だった」が「あわてた」を若干上回っているが8割以上の人が身の危険を感じ、また7割以上が不安を感じている。
地震時の対応行動:地震時のとっさの対応行動としては,「火の始末」(50.9%)、「ガスの元栓を締めた」(20.9%)、「家具や壊れ物を押えた」(21.9%)、「子供や老人を保護した」(19.0%)等人的・物的被害軽減のための防災行動や、「戸・窓などを開けた」(21.6%)、「屋外に飛び出した」(13.2%)等、避難準備ないし避難行動が多かった。
建造物等の被害:家屋、へい、宅地等の被害は比較的軽微である
情報ニーズと有効な情報源:地震当日知りたかった情報としては、「余震の情報」(82.4%)、「復旧の見通し」(69.5%)、「家族や知人の安否」(40.6%)などが多い。
ライフライン等の被害:住民が最も難渋したのは水であり、9割に近い人が「断水」に困ったと答えている。「電話使用不能」が第2位にあがっている(66.1%)、「停電」(34.8%)、「交通困難」(12.9%)、「食料不足」(9.3%)、「ガス使用不能」(4.0%)を大きく上回わっている。
援助行動:被災者を援助した人は30.4%、他人から援助を'受けた人は61.2%である。
災害症候群:地震後1週間のうちに、頭痛、吐き気など身の変調を感じた人24.4%、不眠いらいらなど精神的ストレスを感じた人48.8%にのぼった。なお、地震後約1カ月の調査時点では、身体的変調5.8%、精神的ストレス9.7%に下がっている。
流言の伝播:大地震再来の流言を聞いた人は多く、回答者の7割(70.2%)に達している。
流言の内容:流言の内容は「近々大地震」と発生時期を明示していないものが最も多く(33.8%)、次に特定の月を指定している「5月に大地震」(31.0%)が多かった。
流言の伝達者:その話を誰から聞いたかという問いに対しては、「近所の人」(51.5%)、「友人・職場の同僚」(34.3%)が圧倒的に多く、この種の流言が日常的なパーソナル・コミュニケーション・ネットワークを通じて伝達されることを示している。
流言に対する心理的反応:流言を聞いた人のなかでは、「半信半疑」が最も多く(64.4%)、第2は「信じなかった」(27.3%)であり、「信じた」人は8.3%と少ない。
流言への対応行動:流言に接した人の対応行動としては、防災行動〔「家の中の家具、品物の固定・整理」(42.4%)〕、情報行動〔「テレビやラジオに注意)(30.6%)〕、および避難準備行動〔「非常食等の用意」(20.3%)、「いつでも避難できるよう準備」(17.0%)〕などが多数を占めている。
日頃の地震対策:浦河町において特に徹底していると思われるのは、「家の中の倒れやすい家具の固定」(48.8%)、および「耐震装置つきの石油ストーブの使用」(78.5%)である。
地震時の行動習慣:地震の際の行動習慣としては、「火の始末」が圧倒的に多い(94.6%)。第2位は「すぐ窓や戸を開ける」(70.6%)であり、以下「あわてて外に飛び出さない」(44.0%)、「家具や壊れ物を手で押える」(43.3%)と続いている。