報告書 2004年7月新潟・福島豪雨水害における住民行動と災害情報の伝達

2004年10月1日発行

① 災害の概要

2004年7月12日新潟県中部から福島県にかけて記録的な集中豪雨となった。信濃川水系の5河川の11箇所が決壊して洪水となり、土砂崩れも発生した。死者16名、ケガ4名、家屋の全壊70棟、半壊5354棟、一部破損94棟等の被害をもたらした。

② 調査の内容:

個別面接聴取法、三条市、見附市、中之島町、20歳以上の男女、サンプル数900有効回答数639、回収率71%、平成16年10月

③ 主な結果

決壊前の対応:河川決壊前に警報を認知していた住民は全体で約3割であり、約7割の住民が知らなかった。この警報を認知した3割の住民のほとんどは、独自にテレビやラジオなどのメディアからこの警報を知った。水害によって自宅が被害を受けるという不安がなかった住民が6割いる一方、水害の被害を受ける不安を感じていた住民は4割であった。住民が、水害に備えて行った行動で55%の人が何も行っていないことがわかる

避難勧告の認知:三条市では13日午前10時、11時目11時半に非難勧告を発令し13時に川が決壊している。見附市では11時に発令し、14時半に川が決壊している。中之島町では川が越水した12時半に発令され、13時に水害が発生している。避難勧告が発令された昼頃、全体の69%が自宅にいたが、全く聞いていない住民が全体で61%いた。

避難:災害当日に避難した人は、三条市で23%、見附市で18%、中之島町で35%だった。避難したきっかけは、中之島町では「避難勧告を聞いたから」(45%)が多かった。一方、三条市では「自宅が浸水する危険を感じたから」(35%)という人が多く、「避難勧告を聞いたから」という人は3.3%と圧倒的に少ない。10 分程度で比較的すばやく避難した人が多い一方で、避難するまでかなりの時間を要した人もいる。多くの人が乗用車を使って避難し、水につかりながら歩いて避難した人が多かった。「突然水がおそってきて、避難する余裕がなかった」という人が非常に多く、避難しなかった人のうち、三条市では30%、中之島町では41%に達していた。

情報:全体では「越水や堤防の結果情報」が56%と最も多く、次いで「川の水位の情報」が46%、「浸水に関する情報」が44%、「災害予測情報」が41%、「避難勧告や避難指示」が36%の順で、被害や被害の要因となる現象や避難に必要な情報が上位を占めた。

通信:固定電話を利用しようとした468人のうち、32%の人が停電や水没で使えなくなっていた。電話は、41%の人が機械的には使えたがつながりにくかったと回答し、いつものように使えたと回答した人は26%であった。携帯電話やメールは、水没や停電で使えなかった人はそれそれぞれ11%、17%と少ない。逆にパソコンメールは73%が停電で使えなかったと回答している。

④ 提言・結論

通信:災害用伝言ダイヤル、災害用伝言板利用などのサービスの知名度の低さと利用率の低さが題であるといえる。これらの促進のためには、マスコミは、より早く、より頻繁に、より広範囲にこれらのサービスを告知することが望まれる。

共助の実態と可能性:住民避難の共助には、住民同士の顔の見える付き合いを活性化していく必要がある。要援護者が集中している地域では、要援護者を把握しておき、日頃から介護に従事している福祉関係者や消防団によって避難させる体制の整備が急がれる。

行政施策への要望:被災者の行政に対する特徴的なニーズとして、避難の意思決定を行う契機となる情報を早く確実に伝達すること、ダム・河川改修による洪水防止効果とその限界を周知しておくこと、水害時に安全な避難所を確保すること、および浸水危険のある学校施設から児童を適切に避難させること、生活支援の査定基準を明確化し、住宅の改築補修費を費目として認めること、災害弱者対策における共助の限界を、公助で補うこと、の5点をあげることができる。