報告書 災害常襲地域における住民の災害観に関する調査報告その1
1982年3月1日発行
① 災害の概要
大船渡市は明治29年・昭和8年・昭和35年と三度にわたって津波による大被害を受けた三陸沿岸に位置し特に昭和35年のチリ地震津波では52名という三陸最大の人的被害を受けている。これ以外に小規模な津波に襲われている津波危険地域である。
② 調査の内容
聞き取り調査:調査対象者:地理地震津波体験者12名(男10名、女2名)、調査期間:昭和56年7月26日~29日
標本調査:調査対象者:および標本数:大船渡市在住の20~69才の男女800名、標本抽出法:選挙人名簿より層化二段確率比例抽出法、調査方法:個別面接法、d.調査期間:昭和56年9月19日~24日、回収数:628(回収率:78.5%)
③ 主な結果
チリ地震津波:昭和35年5月のチリ地震津波は、1)震源地が遠方であるにもかかわらず津波の規模が大きかった、2)被害は湾奥部に入るにしたがって大きかった、3)V字型の湾は被害が少くU字型のしかも深く屈曲した湾ほど被害が大きかった、という特性を持っていた。
チリ地震津波の問題点:a)前例,縫験,予想を超えた津波であった。b)気象関係庁からの事前通報が全くなかった。c)〔大船渡地区〕転入者の多い新開商業地区であり,朝が遅い(津波襲来は朝4時)。d)〔大船渡地区〕津波警報のサイレソが,火災もしくは魚類水湯のサイレンと誤認された。e)〔大船渡地区〕避難経路が,一度低地帯を経由しなくてはならず,避難が間にあわなかった地域もある。f)〔赤崎地区〕比較的原住者・津波経験者が多くかき養殖業を主体としている関係上,午前3時半頃には海岸に出ていた人々により津波の来襲が予知されていた。g)〔赤崎地区〕消防車に拡声装置があったため,津波の襲来を周知徹底せしめた。
「チリ地震津波」以後:津波後の復興計画によって、湾口に大規模な防波堤が設置された。
大船渡市民の災害観,災害意識,および自然観・運命観:大災害に出会った経験者が非常に多い。55%の人が津波への不安を持っている。多くの人が中程度の被害を予想している。40%の人が津波を防ぐことは出来ないと考えている。多くの人が、自信と津波は自然災害であり、運がよければ災害から回避できると考えている。
災害間とデモグラフィック変数:災害観変数と属性の関連の見出されたものについてだけ考えれば,概して女の方が男よりも,又,低学歴者の方が高学歴者よりも,高年令者の方が低年令者よりも,われわれが調査した「災害観」を持っているといえるようだ。
災害観と自然観・運命観:「災害観」と「自然観・運命観」の間にはかなり強い相関がある。災害全般に関して人々が日頃抱いている漠然たるイメージは,人々の持つ人生観,世界観,哲学によって強く影響されているという発想が本調査を支える重要な柱の一つとなっている。
④ 提言・結論
・ 天謎論,運命論,精神主義といった災害観が現代日本人の意識のなかに存在しているのか、にっいては,大船渡市民の意識のなかに災害観が一定程度存在している。
・ 災害観の内部構造はいかなるものなのか三類型は互いにどのような関係にあるのかについては,災害観の三類型は互いに密接に関連しているといえる。
・ 災害観は,人々の社会的属性,災害意識,災害時の対応行動・および自然観や運命観どどのような関係にあるのかについていえば,災害観は自然観や運命観などいわゆる「世界観」と密接に関連するが,性,年令,職業などの社会的属性や災害体験とはあまり関連がないようである。