報告書 集中講座報告「災害放送担当者のための集中講座」

2003年3月1日発行

① テキストの内容

講座1 災害情報概論:昭和53年にできた大規模地震対策特別措置法により地震予知にもとづく防災対策が進められているが、もし判定会招集・警戒宣言となったら放送はいかなる情報を流すべきか、昭和58年の日本海中部地震、平成7年の阪神・淡路大震災など実際の災害で放送はいかなる役割を果たしたかに関心を持ってきた。東海地震対策も新しい局面に来ている。また、地震調査研究推進本部から活断層の長期評価など新しい情報が次々に発表されている。このような転換期に放送はいったどうあるべきなのか。

講座2 地震の予知と予測:誤解を招くような報道がなされないよう、後予知と前予知の決定的な違い、国の3機関の役割(地震調査委員会、判定会、地震予知連絡会)、確率評価の意味(余震の評価、海域の地震の評価、活断層の長期評価)、東海地震をとりまく現況(想定東海地震、次の南海・東南海地震)について解説。

講座2 災害行政とメディア:防災対策にとって、情報は緊急時のすべての行動の基礎となる非常に重要な要素であり、一般の方々は報道から情報を得て、それに基づき自分の行動判断をする場合がほとんどであるため、災害時等のメディアの役割は極めて大きいものがあります。しかし、状況を的確に伝えるための情報が、逆に社会の諸状況を作ってしまうおそれもあります。如何に等身大の情報を一般国民に消化できる形で伝えられるか、その時防災機関はどのように情報提供すべきかなど、防災行政機関の率直な悩みや、進もうとしている方向などについて話す。

講座4 災害放送史-災害放送は「報道」と「防災」の課題にどう応えてきたか-:1962年から今日までの関東地区総世帯視聴率の上位は、台風や大雪など災害関連の情報です。室戸台風(1934年)から阪神大震災(1995年)に至るまで、数々の災害に放送のメディアがどう対応したのか、どんな評価を得どんな教訓と課題を残したのか、それは以後の災害報道にどう生かされたのか。災害放送が人々の期待と信頼に応えるためにはどんな放送を目指すべきかを、考えてみます。

講座4 取材される側と災害放送-阪神淡路大震災の経験と教訓を踏まえて-:人類史上初めてといわれる、都市機能が集中した大都市直下の阪神・淡路大震災は、私たちに多くの教訓をもたらした。誤った安全神話に惑わされ、地域の住民も、行政も、メディアも・・・突然の大地震に不備な状況での対応を迫られた。大震災における行政の対応の反省点を体験の中から整理した。災害報道対応での実践に基づき、取材される側から見た大震災時のマス・メディア活動の課題を取材手法、報道内容の点から整理したうえで、初動期、応急対応期、復旧期、平時における報道機関、報道記者に対する期待を述べる。

講座6 分科会1 テレビ災害放送:テレビ報道の最大の武器は「速報性」と「映像」といわれます。災害報道においても、一定の成果を出してきました。しかし、テレビの災害報道の最大の足かせは「災害が起きても、1日24時間は変わらない」ことです。災害報道において、「迅速でわかりやすい被害報道」と同時にテレビに求められるのは「被災地の命と生活を守るための情報提供」です。でも、「1日24時間」である以上、「被害報道」と「命と生活を守るための報道」を、限られた時間のなかで、「バランス良く」交互にOAするしかありません。

講座6 分科会2ラジオ災害放送:198 年の長崎最豪雨水害のとき地元ラジオ局は、期せずして地元被災住民の災害情報ニーズに応えて行った結果、地元住民から「ラジオが神様に思えた」と感謝された。災害時の地元放送局は、地元住民から自分たちが必要とする情報、安心する情報、地元住民のための放送を期待されている。これは阪神大震災でも実証されたことである。災害放送には、大別して二つの立場がある。報道機関として被害報道に重点を置く立場と、防災機関として安心報道を重視する立場である。阪神大震災では地元放送局はテレビもラジオも防災機関に徹することを求められた。こうした災害時の地元住民の要請に応え、何をすべきか。