報告書 2001年芸予地震における住民の対応と災害情報の伝達
2002年10月1日発行
① 災害の概要
2001年3月24日、安芸灘の深さ51km付近を震源とするマグニチュードは6.7の芸予地震が発生した。この地震により、広島県の川内町、大崎町、熊野町で震度6弱の揺れを観測した。死者2名、負傷者287名、家屋の全壊69棟、半壊749棟、一部破損48,602棟であった。
② 調査の内容:
質問紙面接法、呉市と松山市の住民800名、20歳以上の住民ランダム抽出、2001年9月実施、回収数607人で、回収率75.9%
③ 主な結果
地震時の行動と被害:地震直後8 割の人が行動を中断しその場で動けずにいた。地震時の対応行動は「子供・老人・病人などの身の安全を気づかう行動をした」1割強、「ドアや窓を開けた」人、「家具などが倒れないよう押さえた」人もそれぞれ5%程度いた。1%に当たる6人が家族の中にけが人がでたと答えている。物的被害について「特に被害はなかった」23%、家屋に深刻な被害を受けた人は15%強であった。
住民の情報ニーズと供給:地震当日に最も困ったことについて、「電話が使えなかったこと」をあげた人が4 割を超え次いで、「家族との連絡が取れなかった」と回答した人が16%だった。「地震当日に知りたかった情報」について、「家族・友人・知人の安否」54%、「地震の規模や発生場所について」(49%)、以下、「余震の見通しについて」(47%)、「被害状況について」(36%)。「地震の震度について」(30.1%)。知りたかった情報を「知ることができた」45% 、「知ることができなかった」54.8%。情報取得手段は、「テレビ」83%で最も多く、「ラジオ」(21.6%)。
通信障害:発信しようとして全て通じたのは、固定電話で5.4%、携帯電話の音声利用で4.5%、携帯メールで14.8%であった。全くつながらなかった人は固定電話で55.2%、携帯電話音声利用が66.3%、そして携帯メールでは46.3%であった。これら通信の不都合は「輻輳現象」による。ポケットベル(クイックキャスト)をつかった職員参集システムはまったく機能しなかった。原因は、いずれも一般電話回線の輻輳である。
余震情報:気象庁は、24日に余震活動は「今後強い余震が起きる可能性は少ない」と発表した。26日に最大余震(M5)が発生し「今後数日間は震度5弱程度の余震が起きる可能性がある」と警戒を呼びかけた。余震情報を聞いた住民は全体の約7割にのぼり何らかの対応行動をとっていた。
防災意識・地震対策:2000年10月の「平成12年鳥取県西部地震」が発生するまで、「大地震は関係ない」と思っていた人が多く全体の54%、「大地震が起こるかもしれない」と思った人39%、「大地震が起こると思っていた」は全体の6%だった。安芸灘周辺が「特定観測地域」に指定されていると知っていたと回答した人は、全体の25%を占めていた。防災意識が「高まった」人が全体の75%、「高まらなかった」人が全体の24%。「芸予地震」が発生する前に住民の多くは特に地震対策を行っていなかったが、「消火器を購入していた」の12%、「地震保険に加入していた」の11%、「非常持ち出し品を用意していた」の9%の順であった。
④ 提言・結論
近年の災害と報道機関/防災機関のインターネット利用:有珠山噴火災害のときには、新聞、地元放送局、気象庁、自治体がインターネットによる火山情報、生活情報、ライブ中継などを行っている。東海水害のときは、東海テレビ、NHK名古屋局でHPに情報を提供した。芸予地震では、NHK広島放送局、NHK松山放送局が地震直後からインターネットによる生活情報などきめ細かい情報を提供した。
災害時のインターネット利用状況とメディア特性:インターネットという情報提供を行うことで、放送局は蓄積性・詳報性、新聞社は即時性、という従来のメディアの欠けていた機能を獲得することが可能になった。