報告書 災害警報と住民の対応

1981年1月1日発行

① 災害の概要

1980年10月1日,愛知県大府市において倉庫火災が発生し,その消火作業の過程では猛毒の青酸ガスが発生する危険が生じた。そのため大府市災害対策本部は周辺2,000戸,約8,000人の住民に対し避難命令を発令したが、避難してきた住民は最大で410名であったという。

② 調査の内容:

調査対象:火災現場より半径1㎞以内に在住する家庭の主婦、調査地区総世帯数:約2,000戸、標本数:1,134サンプル、有効回収票:713票(回収率62.9%)、調査方法:電話によるアンケート調査、調査期日:1980年10月8日~10月14日

③ 主な結果

避難の指示をめぐる問題点:毒劇物は「消防法」の対象外であり「毒物及び劇物取締法」からも倉庫業・保管業は化学薬品規制の対象にはいっておらず,管理が不十分であった。会社側が運輸省に対して危険物倉庫の届け出をせず,5年間も一般倉庫と称して報告をしていた。出火時に消火栓が機能しなかった。倉庫が2重に転貸され管理責任の所在が不明であり,直接原因の雨どい工事自体監督する立場の者が不在であった。

広報車の走行区域:避難指示区域と、広報車の走行区域に食い違いがあった

避難場所の問題:避難対象者は4,000人程度であったが、指定された避難場所の収容人員は100人程度であった。風向きが変わった後の避難者への移動も混乱した。

広報車による住民への広報:広報車の広報を9割近くの住民が聞き、避難率は4割弱であった。

マス・コミへの広報:非難勧告が出されたときにNHKが「住民に"避難命令"」というテロップを流したが、用語に微妙な齟齬があった。

避難場所:避難した人びとのうち,市が指定した避難場所に避難した人びとは32%であり,親戚や知人の宅へ避灘した人びとは59.6%の多くにのぼっている。

避難した時刻:倉庫火災の発生時刻は午後12時10分であり,15時30分に「避難勧告」出され、18時には「避難命令」に格上げされたが、18時過ぎになってから避難する住民が多数いる。

誰と避難したか:90%以上の人が家族と非難し、9割弱の人が自家用車で非難している。

避難場所にいつまで留まったか:避難命令が解除されたのは翌日の午前6時半であったが、それ以前に独自の判断で避難場所5割以上の人が去った。

避難の決め手は何であったか:避難の一番大きな決め手として「煙りや臭いが流れてきた」ことを挙げている人たちが53.5%に達し,過半数に及んでいる。

警報をきいた人びと:市や警察の「避難して下さい」という警報(指示)を聞いた人々は,総数の64.1%(調査サンプルでいえば457名)にのぼっている。指示はほとんど自宅で聞かれている。

警報内容の理解:指示を聞いた人のうち「有毒ガス」「避難場所」「すぐ避難するように」と3つ全部について聞いたと答えた人は11%となり,指示をまともに聞いた人はかなり少なかった。。

情報源について:「避難して下さい」という指示の情報源の第1は広報車またはパトカーによる広報であり,指示を聞いた人々の86.5%がこれから聞いている。

避難しなかった人々:自分自身の判断で避難しなかった場合が最も多い。

④ 提言・結論

・今回の避難命令によって実際に避難した人びとは,該当地域の32%にとどまり68%の住民は避難しなかった。避難率を少しでも高める努力が必要である。

・行政の発令する避難指示をもっと明確に伝わるようにし、危険性を周知させて非難を促すような工夫が必要である。

・また、避難場所の整備や住民防災組織などの整備を行っておくことが必要である。