報告書 1991年台風19号と災害情報の伝達
1992年10月1日発行
① 災害の概要
1991年9月27日から28日にかけて日本列島を縦断した台風19号は、30年ぶりの強い台風で9月27日に長崎県佐世保市の南に上陸し、時速100キロの猛スピードで北東に進み、いったん日本海に出てから28日ふたたび北海道に上陸して千島近海に抜けた。台風19号の死者は62人、また負傷者は1261人であり、福岡県(死者11人・負傷者136人)、青森県(死者9人・負傷者72人)、広島県(死者6人・負傷者49人)などの被害が大きかった。電気と電話はズタズタの状態となり、全国でおよそ580万世帯が停電。また、電話も30万加入が不通になったという。
② 調査の内容
電話の被害がもっともひどかった山口県防府市の沿岸部の住民を対象に平成4年1月、留め置き方式のアンケート調査を行た。対象者は電話被害の大きな場所を選んだ。回答者数は212人(男性84人、女性128人)。回答者のすべての世帯で停電しているが、電話が使えなくなったのは109世帯であった。電話が通じなかった期間は、1日から14日間で平均5.7日となっている。
③ 主な結果
人々はどう行動したか:
台風19号の体験談:長崎県諌早市に住むM.Tさんは「目の前で、家が壊れていく」という体験をした。27日午後3時から4時頃にかけて窓が割れるほどの風で家にいられなくなり、急いで車庫から車を出して駐車場に避難したところ、その車庫が風のために吹き飛んでしまった。
台風の知識は乏しい:今回の台風は典型的な「風台風」であったが、昭和20~30年代に相次いで日本を襲った巨大台風が少なくなったため、台風のこわさを体験している人が減っており、その結果、人々の台風知識も後退し、また台風がきても警戒心を怠る人々が多くなってきた。
台風情報はどのように伝えられたか:
風に対する警告は十分だったか:風に対する警戒心の緩みが死者を増やしたこと、風の強いあいだは外出を控えることが防災上のポイントである。防災上の観点からいうとマスコミは風に対する警戒を訴え、強風時に屋外に出ないことを訴えることが必要であった。当初から風に対する認識は最初はさほどなく、被害が出て初めてその重大性を強調するといった報道ぶりで風に対する警告は後手にまわった。
行動指示は適切であったか:台風19号の犠牲者の多くが風に対する警戒心が十分でなかった。テレビ内容も、視聴者の風に対する警戒心を醸造するのに十分でなかったことがわかった。
長期的停電とその影響:
長期的停電の影響:今回の台風で手痛い打撃を受けたのは電気だった。資源エネルギー庁の調査によれば、停電世帯は全国で471万世帯。九州電力管内で210万世帯、中国電力管内で155万世帯(延べ250万世帯)にのぼった。広島県内では停電が5~6日間も続いた地域があり、銀行オンラインや百貨店・スーパーのシステム、PBX(社内電話)やカード公衆電話も使えなくなった。
情報処理システムの被害:銀行などのコンピューターもダウンし情報処理機能が麻痺したため、ATMが使えないなどの大きな影響を生活に与えた。
監視・制御システムの被害:給水システムや防犯システムなども長期にわたって機能しなかったため市民生活に大きな影響を与えた。
情報断絶下の住民の行動と心理:電話の不通は全国で30万加入、全面復旧までに9日間かかっている。電話の喪失は多くの人々に不便さばかりでなく、不安感や孤独感を与えている。
④ 提言・結論
今回の台風が大きくなった原因は強風に対する無知であり、強風への対処や行動について明確に指示を出すなどの対応が必要である。