報告書 災害情報伝達過程の迅速化・正確化に関する研究

1991年3月1日発行

① 災害の概要

【津波】1989年10月27日から三陸沖では群発地兼が発生し、10月29日(日)M6.0の中規模地震が発生、11月2日M7.1の地震が発生し、気象庁では、地震発生の9分後に次のような津波予警報を発表しNHKは全国放送でこれを伝えた。関係道県も沿岸市町村に伝達し警戒を呼び掛けた。

【集中豪雨】1989年7月31日夜から千葉県南部を集中豪雨が襲い、総雨量は217mm、茂原市では川が氾濫、730戸が床上浸水、1,641戸が床下浸水、道路・崖崩れ等が110箇所、大きな被害をもたらした。

【土石流】長崎市では、昭和57年7月23日の集中豪雨で甚大な被害が生じた。降り始めから25日までの3日間に573ミリ、死者258名、行方不明者4名、負傷者754名、多数の家が壊れ、農林・水産・土木・商工関係などの被害総額は2,119億円にのぼった。

【雪崩】新潟県守門村は、昭和56年1月7日に発生した雪崩は、住宅4戸、作業所など4嫌が全壊、4世帯13人が生き埋めになり、うち5人は救出されたが、8人が死亡するという惨事となった。

② 調査の内容

【津波】千葉県から北海道にかけての太平洋沿岸および東北地方の日本海沿岸、有効回答数136市町村(有効回収率76%)、全数調査、郵送調査法、平成2年3月5日~平成2年3月20日

【集中豪雨】茂原市内の浸水地域の被害者、標本数350、回答数270(回収率77%)、一段無作為抽出、個別面接聴取法、平成元年年2月22日~28日

【土石流】奥山地区63(世帯)、鳴滝地区512(世帯)、回収数:奥山地区54(回収率85.7%)、鳴滝地区455(回収率87.0%)、全数調査、留置、平成2年12月27日~平成3年1月20日

【雪崩】新潟県守門村、能生町の2自治体の25名の巡視員に個別面接を実施。守門村の39世帯を対象としてアンケート、全数を回収(回収率100%)。平成3年1月24日~平成3年2月4日、

③ 主な結果

【津波】道県の防災行政無線やテレビ・ラジオ出を通して、市町村は津波警報・注意報を入手できており、また同報無線や有線放送等住民への伝達手段も確保されていた。今回は地震後10分弱で津波一報が発表されているが、その後5分以内に広報を開始している市町村は10箇所、それでも警報対象地区の22%に留まる。【集中豪雨】被害を受けた住民が水害時に最も知りたいかった情報は、「いつ水が引くか」という特定的な情報であり、また「被害の程度」に関する情報も相対的に欲求の高い情報であったのに対し、「家族や知人の安否」「食糧や生活物資に関する情報」のように生存に関する基本情報の欲求は低かった。

【土石流】土石流災害を受けた両地区とも警報として避難を指示する内容が伝えられた結果、一応避難しようと決めたという回答は、奥山で4割、鳴滝で1割弱に過ぎなかった。土石流警報装置等による警報の発報は、避難に関する意思決定のための材料の1つであって、避難の決め手は、ある程度権威づけられたソースからの情報受容に依存しているようであった。

【雪崩】今回の調査かの結果、守門村では避難勧告によって約6割の世帯が避難を実施していることがわかった。また、村が避難勧告を発令したことに対しても住民は好意的であった。その背景としては、調査対象住民は、雪崩による被災危険性を認知しており、雪崩に対する脅威感も強いことが考えられる。

④ 提言・結論

【津波】深夜であっても注意報・警報を問わずに広報することなどが必要と考えられる。揺れが小さくても、津波警報がでた場合は直ちに広報するといった具体的な広報基準の策定も必要である。都道府県などの行政からの津波予警報の伝達が重要であり、津波予警報伝達の一層の迅速化、確実化を図って行く必要がある。

【土石流】今後ほ、複数のルートから一報を伝達する体制が望まれる。警報装置はほ聞こえなければ無いも同然といえ、故障時を想定する必要があり、連絡先が全て不在・話中の場合の情報伝達の問題なども検討する必要がある。

【雪崩】行政側と住民側の危険性の認知に対する差は大きな問題と言えよう。今後、雪崩に対する危険地域の範囲について、事前から十分に協議し広報し、知識を高めておくことが必要と考えられる。