報告書 1982年7月長崎水害における住民の対応
1984年3月1日発行
① 災害の概要
昭和57年7月23日発生した局地的豪雨は3時間雨量315ミリと「記録的な短時間弾雨」であった。長崎市内ではケ崩れ、山崩れ、山津波が41ケ所、河川増水による流失が20ケ所に発生した。死者・行方不明者は262人、流失全壊世帯は463、床上浸水世帯は実に16,174の惨事となった。
② 調査の内容:
調査対象地域:中島川周辺で50㎝以上の浸水被害があったと想定される22町、調査対象者:自宅が実際に浸水した20歳以上69歳以下の男女1000名、標本抽出法:選挙人名簿より層化二段確率比例抽出法、調査期間:1982年11月19日~24日、有効回収数:770票、回収率:77.0%
③ 主な結果
浸水の実態:7月23日長崎市では7~8時には時間雨量100ミリを超える大豪雨となり8時までには8割以上の人々が自宅に浸水したことを知り気づいたときには、水はすでに数十センチの深さまで達していたという人が過半数を占めている。
住民の心理反応:浸水に気づいた際身の危険を感じた人は5割に満たない。浸水当初は、中島川周辺の住民はまださほど危険を感じていなかったといえよう。
ライフラインの被害と生活困難感: 24日午前零時現在、市内の停電戸数は62,000戸、断水戸数は91,000戸、ガス供給停止戸数は42,000戸にものぼった。
水害時の情報ニーズ:長崎市民が水害当夜から翌朝にかけて最も知りたかった情報は、電気・水道・ガスなどの復旧の見通しに関する情報であった。
ラジオ・テレビの安否放送に対する評価:水害当夜、テレビやラジオから安否放送を聞いた人は全体の50.8%と約半数に達している。そして、放送を聞いた人のうち、実に96.4%と全員近くが安否放送について「よかった」という好意的な評価を与えているのである。
災害後の流言:長崎水害のあと、「ダムが決壊した」という流言が発生したが「ダム決壊」流言を直接・間接に聞いた人は全体の3割弱にとどまっている。
災害症候群:長崎水害が起こってから1週間のうちに、頭痛・吐きけ・肩こり・腰痛・便泌・胃の痛み等のからだの変調が43.1%の人々が「あった」と答えた。
被災当日の警報の聴取:水害前に警報を聞いた人が24%、水害後に聞いた人が11%、まったく聞かなかった人が66%となっている。
災害観:「自然の仕返し論」共感度は6割を超えている。運命論に対する共感度は5割を超えていた。神仏依存的態度の強い人々が7割5分に達している。
防災対策の有効性感覚:防災対策の有効性について長崎市民の意見をたずねたところ、「やはり大きな被害はでる」と考える人が35%、「大きな被害はくいとめられる」とする人が64%であった。
④ 提言・結論
・ 今後検討すべき課題として、今回のような突発的災害において、市民がいかにして危険の性質と規模を正しく把握し、これに的確に対処することができるか、という問題である。
・ また、消防局が119番通報を手掛りとして、緊急の人命救出を必要とする家屋倒壊・生き埋め事故の現場をいかにして迅速かつ的確に探知することができるか、という問題がある。
・ 今後の課題としては、警察との緊密な情報交換、がけ崩れ危険地域の事前調査と住民への周知、警報発表後すぐに危険地域へ消防隊を警戒出動させること、消防局と現場との緊急連絡手段を十分に確保すること、などを指摘することができよう。