報告書「地震情報の伝達と住民の反応」
1978年12月01日発行
① 災害の概要
1978年1月14日に発生した伊豆大島近海地震の4日後、1月18日に静岡県災害対策本部より、その後の余震発生の見通しに関連して「余震情報」が発表された。この余震情報は伝達されるうちに歪みが入り、流言化して、一部地域では「今夕にも震度6程度の強い地震が起こる」という、切迫した地震予知情報として住民に伝えられ、一部に若干の混乱が発生した。
② 調査の内容
1月21日より静岡県の伊豆大島近海地震の被災の中心地となった河津町をはじめ、東伊豆町、下田町、沼津市および静岡市の各地で、聴きとり調査、留置き郵送法による住民の自記式アンケート調査、個人面接調査等を実施した。
③ 主な結果
「余震情報」は大別すると3つの情報回路から流れ、行政ルート、ラジオテレビ・ルート、パーソナル・ルートを経由して地域住民に伝えられた。行政ルートは全住民に到達するが、かなりの時間を要した。ラジオテレビ・ルートは不特定多数を対象とし、これを直接受信した住民は三分の一を越えず、第二段階としては口コミによる情報回路がこれを補い、情報がさらに多数の住民に浸透した。パーソナル・ルートは、限定された少数住民の間であったが最も迅速であったようである。 これら3つの回路が交叉し、時には合流して、末端住民に情報が到達した際には、いずれのルートからとも識別されぬかたちで、情報が伝えられた場合も少なくない。「余震情報」はこうして伝えられるうちに変容し、緊急の「地震警報」として流言化した。こうした流言化をもたらした最大の要因は、口から耳へ、耳から口へと伝えられる過程で、情報が次々に歪められたと考えられる。 将来、地震予知情報が発表される場合も、行政ルートやラジオテレビ・ルート、あるいはパーソナル・ルートを利用して情報の伝達がおこなわれることになると考えられ、住民に情報が到達する段階では、パーソナルな口コミによって伝えられる場合が少なくない。地震予知情報を発表した場合にも、情報が変容し、或る程度流言化することは、おそらく不可避であると考えられ、地震予知情報は或る程度流言化することを予め前提とした上で・その発表の形式・方法等を検討する必要があるものと思われる。
④ 提言・結論
地震予知情報は、53年6月に成立した「大規模地震対策特別措置法」にもとづき、総理大臣による「警戒宣言」の発令後に公表されるといわれている。そして「警戒宣言」の発令にいたるまでは、幾つかの段階が踏まれる。観測値に異常が発見されるや判定会が直ちに招集され、判定会が巨大地震の発生が切通していると結論を出すと、その結論は気象庁長官を通じて総理大臣へ報告される。総理大臣は臨時閣議を招集し、警戒宣言を発令する。この過程と平行して、防災当局は判定会が招集された段階で、防災態勢の準備を開始する。つまり、多くの防災関係の責任者はそれぞれ配置された部署に急ぐことになり、万単位の人員が動員されることになる。したがって、その過程では大地震が切通しているらしいという情報は、leak(情報洩れ)するおそれがあり、それはパーソナルなネットワークを通じてたちまちに地域社会に広く浸透するという懸念は小さくない。その場合の情報の流言化は必至と思われ、防災関係当局へ電話等による情報の問い合わせや確認行動が殺到することも容易に想像される。そして、担当の係員はこれへ非常にあいまいで不適切な応答をすることにならざるを得ないと考えられ流言をかえって増巾することにはなる。このため、情報のleak(漏れ)の可能性を考えるならば、流言に対抗する正確な情報を出来るだけ早く公表することが望ましい。 地葉予知情報が発表された際に、パニツク状況が発生しないとは保証のかぎりではない。予知情報が発表された際の状況いかんによっては、パニックが発生し得る可能性も決して否定できない。そしてパニックを防止し、混乱を最小限にとどめるために、予知情報に関しても、配慮すべき問題はなお少なくないと考えられる。情報の発表形式、伝達方式、住民に伝えられ、正しく理解されねばならない情報の内容、あるいは時間の推移に応じて住民へフィードバックする情報の供給等、今後検討すべき問題は未だ多く残されている。