報告書 2003年十勝沖地震における津波避難行動―住民聞き取り調査を中心に-
2005年3月1日発行
① 災害の概要
2003年9月26日、十勝沖の深さ25km を震源として、マグニチュード8.0の地震が発生し、北海道の太平洋岸の9町で震度6弱の揺れを記録し、3~4メートルの津波が発生した。行方不明2名、負傷者849名の被害が生じ、全壊116 棟、半壊368 棟、一部損壊1580 棟の家屋被害が生じた。
② 調査の内容:
津波警報が出た北海道沿岸8市町の住民2500人を対象にアンケート調査を行い、全体像を把握し、その後、特徴的な3地区を抽出し、住民に聞き取り調査を行った。
③ 主な結果
住民の避難行動及びその要因となる条件:避難した人の割合は全体で55%、住民の避難開始までは平均14分、避難完了までは平均50分もかかっており、全体としては迅速な避難とはいえない。
避難した人と、しなかった人を分けた要因:その場所にとどまると危険度が高いと認識すること、および近くに安全な避難場所があることといった2変数が、最も避難を促進する要因である。津波警報の認知は、津波警報が出る前に、すでに避難した人が多かったため大きな要因ではない。
避難の迅速性に対する影響要因:津波が来る不安がある、避難の切迫性がある、居た場所の危険度の認識が高い、年齢が30代-40代、守りたいものはないなどがあった。一方、避難の迅速性に対して抑制的な相関をもつ要因として、警報後の避難で間に合うと思う、津波の怖さを実感できない、通帳・印鑑を守りたいなどがあった。
厚岸町床潭地区:避難を促進するもっとも大きな要因は「地震時にいた場所が津波に対して危険である」という認識であった。津波経験が避難の決定的な要因ではなかった。避難のスピードをアップさせたのは、奥尻島の記憶であった。アンケート調査ではっきりしなかったのが、避難勧告の効果であった。地震があるたびに決まった場所に迅速に避難する彼らには、津波警報や避難勧告はほとんど関係がなかった。その一方で、過去に津波の経験がない人には行政の避難の呼びかけや、周りの人の避難する様子が、避難を促進した。
静内町・海岸町地区:地震を契機とした避難というより、避難の呼びかけやテレビの津波警報の認知による避難が多い、情報を待っていたため避難までの時間が遅かった世帯が多い、多くの住民が6時前という早い時間に戻ってきている、声を掛け合って逃げている世帯が多い、避難行動が緩慢である、津波を全く経験していない地域ではあるが、「津波経験」や「津波経験の伝聞」が非常に避難行動の大きな促進要因・阻害要因になっている、などが特徴である
豊頃町大津地区:発生時刻が早朝であったため、住民の多くは自宅で就寝中であった。地震によって目を覚ました住民の大半は、すぐに津波を予想し自らの判断で、大津地区内の指定避難所であるコミュニティセンタ―に避難したか、あるいは大津地区外の高台に避難した。これに対し、津波を予想せず避難もしなかった住民は、ごくわずかであった。漁業関係者の多くは、地震発生時には既に海上で作業にあたっていた。漁船のうち、港から遠く離れていた釣り船は、津波がおさまるまで沖合で待機した。これに対し、地震時には港の近くにいた定置網の漁船の大半は急ぎ港へ戻った。また、地震時にまだ港内にいた釣り船は、地震後に「沖出し」を行った。
④ 提言・結論
避難を促進するためにはいまいる場所が危険であるということを納得させることが鍵となり、シミュレーションに基づいたより現実的なハザードマップを作成する必要がある。
その危険度を徹底的に住民に周知することである。ダイレクトメールを送ったり、危険箇所に立て看板を立てたり、道路などを危険度によって色付するなどの工夫が考えられる。
危険度の特に高い場所に住む住民には、相談会のようなものを開催し、個別に危険性を納得してもらうことが重要であろう。
かつて津波の襲った場所あるいはその近傍に記念碑や立て看板などを建てるなどして住民にアピールし、地域の経験を生かす努力も重要である。