報告書 2003年7月水俣市土石流災害における災害情報の伝達と住民の対応

2005年1月1日発行

① 災害の概要

平成15年7月九州の広い範囲で集中豪雨に見舞われた。この豪雨により、7月19日には福岡県太宰府市で、7月20日には熊本県水俣市で土石流災害が発生した。福岡県太宰府市では、死者1名、住宅の全半壊20棟。熊本県水俣市では、死者15名、住宅の全半壊15棟の被害が生じている。

② 調査の内容:

宝川内集地区(被災地域)、宝川内 丸石・新屋敷・本屋敷地区、20歳以上の男女、エリアサンプリング、平成15年12月、訪問面接法および留置法、回答数・回収率:集地区76.5%(62票)丸石・新屋敷・本屋敷地区67.6%(94票)

③ 主な結果

2003年7月20日の行政の対応:水俣市の第1号配備体制を構築が完了するまでに、約2時間30分程度を要した。市民からの情報を受ける準備はできていたものの、市役所雨量計以外の降雨状況の調査、地域振興局、警察、消防本部の連携は、ほとんどできていなかった。午前4時前頃から市民からの災害情報が増加し、総務班はその対応に多忙な状態であった。調査対策班は、夜の明けきらない内は非常に危険であったため、庁内に待機していた。

災害対処活動の概要:午前5時に対策本部が設置され、水俣警察署への協力要請、知事に対する自衛隊派遣要請が行われ、市内全域を対象に避難勧告が発令された。最後に土石流災害現場で15体目の遺体が発見されるまでの1週間余りで延べ8,990人による捜索が行われた。この間、多方面からの捜索協力が得られている。

災害後に見直された体制:初動体制の迅速な立ち上げを図るため、第1号配置の見直しを実施した。宝川内集地区および深川新屋敷地区の被災地に土石流監視システムが稼動した。消防本部、警察署、県地域振興局との情報交換については、迅速かつ的確な対応ができるよう見直した。

水俣市土石流災害における住民の対応:被害を受けていないのはわずか21%にすぎなかった。警報を聴取したかどうかについては、集地区で82%が、また、丸石、新屋敷、本屋敷地区(他地区)では68%の人が聞いていない。警報を聞いた集地区の6人は、家族から3人、集落の人から1人、テレビから1人、インターネットで見た1人であった。土石流発生前、「ずっと寝ずに起きていた」集地区で41%、他地区で21%だった。また、「目を覚まして起きていた」、集地区で37%、他地区で69%だった。集地区で「土石流が起きたときは眠っていた」14%、他地区で「ずっと寝ていた」という人は7%であった。ほとんどの人が、「雨や雷や河川の音で起こされた」と答えている。災害が起こった夜、集地区では、約半数の46%が、「川や崖の様子を見に外へ出た」(他地区では22%)。災害当夜「洪水が起きる」と思った人は、集地区で36%、他地区で35%だった。「がけ崩れが起こる」と思った人は、集地区で40%、他地区で51%だった。土石流が発生したとき、「自宅から避難していた」集地区で26%、他地区で21%、「1階から2階へ避難していた」集地区で10%、他地区で4%であり、「避難していなかった」、集地区で57%、他地区で67%である。

災害発生前の災害に対する意識と対応:家族や家財が被害にあうような災害経験のない住民が多かった。災害の危険があるときに「サイレンが鳴ることを知っていた」人は37%であったのに対し、「知らなかった」人が40%であった。「防災無線を知っていた」人が57%、半数以上の人が防災無線の存在を知っていた。集地区の住民に、集川が土石流危険渓流であったこと「知っていた」人と「知らなかった」人がほぼ半々であり充分に周知されていなかった。

④ 提言・結論

・ 土石流危険渓流沿いの住民に、土石流のことを徹底的に周知させる活動が求められる。

・ 行政側が避難勧告を出す場合には、避難対象地域を指定するだけでなく、安全な避難場所も指定することが重要である。

・ 住民側としても、自主避難のときに備えて、安全な避難場所もよく知っている必要がある。