報告書 2000年三宅島噴火における災害情報の伝達と住民の対応
2002年12月1日発行
① 災害の概要
2000年6月26日三宅島の地震活動が始まり、気象庁は緊急火山情報第1号を発表し三宅村では避難勧告を発令した。29日全地区の避難勧告が解除されたが、7月8日三宅島雄山の山頂から突然噴火が発生し、14日、15日には規模の大きい山頂噴火が発生した。7月末になると、三宅島近海で地震活動が活発化し、8月10日山頂噴火を再開、8月29日にも噴火と火砕流が北東側と南西側に流下した。東京都と三宅村は、9月1日、全島民に島外避難を指示した。9月2日から4日までの間に全島民の避難が完了した。全島民の島外避難後も、三宅島の火山活動は続き、島内全域に降り積もった大量の火山灰は、大雨のたびに泥流災害を引き起こした。山頂火口の陥没とともに火山ガスの大量放出が始まり、二酸化硫黄の放出量は2002年4月現在、1日あたり1万㌧前後となっている。
② 調査の内容:
2001年3月、島民電話帳掲載者で集合住宅に居住する世帯主600名、回答者数425人(71%)、 個別面接聴取法、層別無作為抽出
③ 主な結果
三宅島噴火災害における火山情報の問題点:8月18日には噴石落下のその後各機関にて確認され住民の生命や身体に関わるかもしれない火山活動であるが、気象庁は臨時火山情報をだしたが緊急火山情報を出すべきであった。
火山活動への反応と火山情報:6月26日の火山活動に対し回答者の85%以上が「緊急火山情報を出して良かったと思う」と回答している。また、「避難を勧告してよかったと思う」という回答が全体の約8割にのぼっている。8月18日の噴火に対して、「緊急火山情報を出すのが良かったと思う」が67%、「臨時火山情報を出すのが良かったと思う」が17% であった。8月29日の低温の火砕流」が起きたとき、「危険なものだと思った」が55%、「危険のものだと思った」が2%、。「危険がわからなかった」人が29%存在した。
島外避難:約半数の回答者が都が島外避難指示の方針を示した9月1日より前に避難した。8月22日以降とその後の8月29日以降に避難者数が著しく増加している。約半数の回答者は自主的に島外避難していた。
島民の経済状況:半数の人が預貯金をとりくずして避難生活を送り、かつ、65%が生活支援を要望している実態にもかかわらず、東京都の対策に対する評価は高く批判的な人は少ない。
④ 提言・結論
火山災害の特徴:噴火災害に共通している第一の特徴は、何といっても災害の長期化である。第二の特徴は、噴火活動が長期化すればするほど、住宅などの物的被害が増大することである。避難者にとっての最大の苦悩は、避難期間中の生活設計がまったく立てられないことである。
現行の支援制度の課題:噴火災害時の被災者支援でもっとも重要な対策は、職を奪われ収入が途絶えた人たちへの支援である。「災害救助法」は、この法律の概念が災害が発生したときの初期の対応と現物支給を基本としていることから、長期避難時の被災者が抱える経済的な問題には対応できない。「被災者生活再建支援法」の適用にあたっては収入や年齢などの制約があり、きわめて福祉的色彩の強い救済策といえる。支給額は最大で100 万円であり、噴火災害時の長期化を余儀なくされる避難生活支援には限界のあることは否めない。
住宅再建支援:噴火災害では宅地が消滅してしまい、資産価値がなくなってしまう場合もあり、被災した住宅再建を公的に支援するための制度を事前に創設しておく必要がある。
被災者支援のあり方:支援制度は、緊急避難期と避難生活期と復興期の3 つのステージに区分して検討されるべきである