報告書 2000年有珠山噴火における災害情報の伝達と住民の対応
2002年12月1日発行
① 災害の概要
北海道の有珠山では、2000年3月27日火山性地震が頻発しはじめ、29日気象庁は緊急火山情報第1号を発表し、各町は避難指示を出し、30日までに避難対象地区の住民10,545人の避難が完了した。3月31日から噴火が発生し新たな火口群を形成した。4月中旬以降は噴火活動も低下の傾向を示すようになり、7月10日「今後、強い噴火はないが警戒が必要」という見解が発表され、伊達市、虻田町、壮瞥町では、段階的に避難指示を解除し、8月27日避難住民は0人となった。住家の全壊119棟、半壊355棟、一部破損376棟、土木施設被害59箇所など大きな被害を受けたが、直接噴火災害による人的被害は全くないという日本の災害史上特筆されるべき災害であった
② 調査の内容:
2000年7月、北海道虻田町、20歳以上の男女、604人、個別面接聴取法
③ 主な結果
行政の有珠山噴火対応:2000年有珠山噴火では、「噴火前に緊急火山情報が発表され、住民の避難が完了した」、「法律に基づく政府の非常災害現地対策本部が設置され対策が実施された」、「避難指示地域内の危険度に応じて柔軟な対策がとられた」。
住民の対応の概要:多くの回答者は早い時期から噴火を予期していた。避難指示等を聞いた回答者の多くは、それを無視したり疑って確かめたりすることはなく、すぐに避難のための対応を始めていた。避難を始めようとする行動と、家族でまとまろうとする行動が主な対応行動であった。6~7割と多く回答者が避難した時には、一週間以内と短い時間で家に戻れると思っていた。現実のように2,3ヶ月以上帰れないと思った者は、1割に満たない。
避難生活の実態:「町が用意した避難所」と回答した人が最も多く、次いで「家族や親類の家」と回答した人が多かった。避難所生活での問題としてプライバシーや人間関係の問題、健康状態への不安、生活上の不便といったものと、「自宅の被害の様子がわからない」という自宅の状況に関する情報欲求が満たされていないという不満であった。避難所で行われた取り組みについてよかったと思われた点について多数を占めたのが「医療・保健活動」と「公衆電話の設置」だった。
避難住民の情報ニーズ:もっとも知りたかった情報は、「自宅や街の様子」(47%)、「火山活動の状況や見通し」(25%) が群を抜いている。
マスコミの災害報道:マスコミ各社は室蘭地方気象台から3月28日朝のニュース枠から一斉に報道を開始した。新聞各紙は、3月28日の夕刊から載せている。4月3日からは別刷りのタブロイド版「有珠山ふれあい通信」となって全避難所に配布され、避難住民の情報源となった。避難住民が「もっとも知りたかった情報」を「一番よく知らせてくれた」のは「自衛隊や開発局の映像」(36)、「NHKテレビ」(25%)、「地方紙」(13%)であった。
④ 提言・結論
2000(平成12)年有珠山噴火災害と復興計画:有珠山は今後も20年~30年の周期で噴火が予想され、防災マップを元に長期的視点で土地利用のあり方を検討し、諸施策を講ずる必要がある。火山災害に強い交通ネットワークの再構築を図る必要がある。21世紀の新しい防災観光地を目指し、防災情報の受発信の拠点となる総合的な研究施設の整備が必要である。防災マップの情報に沿った災害に強いライフラインの整備を行う必要がある。観光産業の再生と火山を新たな観光資源として利活用する「エコミュージアム」の整備と魅力ある観光地づくりに取り組む必要がある。
復興計画等の策定体制と策定状況:有珠山は今後も20 年から30 年周期で噴火が起こるといわれており、復旧、復興にあたっては、有珠山の特性を十分考慮し、現状の復旧にとどまることなく、将来の災害にも備えたまちづくりの視点に立った対策を早急に推進することを周辺市町の共通認識として、基本構想部分は北海道と周辺市町が構成する有珠山周辺市町企画課長会議を中心に検討、策定され、また、それぞれの市町ごとに復興計画が策定された。