報告書 1993年年北海道南西沖地震における住民の対応と災害情報の伝達

1994年12月1日発行

① 災害の概要

1993年7月12日北海道南西沖地震が発生した。地震のマグニチュードは7.8で直後に大津波が奥尻島および渡島半島沿岸を襲い、死者・行方不明者231人をだす大災害となった。奥尻島では、地震発生後津波が襲来するまでの時間が短かったことと、日本海中部地震のさいの津波よりも波高が高かったため、壊滅的な災害となった。

② 調査の内容:

平成5年10月29日一11月20日、大成町200人、島牧村182人、熊石町352人、大成町は、調査員による個別面接法、熊石町・島牧村は町村役場に調査票の配付を依頼し、回答者に郵送で返送してもらう方式をとった。

③ 主な結果

巨大津波と避難行動:今回の災害で生死を分けたのは避難行動の適否で、地震直後に津波の来襲を予想して、いち早く避難した人々である。

津波の犠牲になった人々:こんなに多くの犠牲者が出たもっとも大きな理由が、巨大な津波がきわめて早い時間に襲ったことにある。犠牲者のパターンは、大きくいって避難しなかった(できなかった)人、避難しようとしたがいろいろな理由から避難が:遅れた人、.歩いて避難したり、遅れて車で避難したりした人、いったん避難したのにふたたび戻って被害にあった人、である。

津波警報はどう伝えられたか:津波の被害がもっともいちじるしかった奥尻島と渡島半島の沿岸は、地震発生5分後の22時22分、札幌管区気象台が「オオツナミ」の津波警報を発令した。

札幌管区気象台はいかに対応したか:札幌管区気象台は、函館海洋気象台やNHK札幌放送局・に対しては、警報の発令と同時にL一アデスを使って警報を伝えており、NHK札幌放送局では、2分半後にこの津波警報を放送しているが、その他への伝達には5~6分もの時間がかかっている。

放送はどう対応したか:NHKでは地震が起こったとき、NHK総合テレビの画面に、「ただいま地震がありました。詳しい情報が入り次第お伝えします」という最初のニュース速報(テロップ)が流れた。民間放送ではスーパー・テロップによる速報が中心になった。ただし、ラジオは自社制作の番組を放送中に地震が発生したため、地震発生直後から地震関係の放送をしている。

北海道南西沖地震と災害情報:津波警報の発令は異例ともいえる早さだったが、津波警報を伝達する過程で多くの問題が発生し、結果として警報が住民に到達するまで相当な時間を要した。

ボランティア活動の実態と住民の評価:全国各地から寄せられた「義援物資の仕分け・運搬」66%の人がボランティアの恩恵を受けていた。「けがや病気の手当」48%、「炊事・洗濯の手伝い」(38%)、「引っ越しの手伝い」(22%)である。

ボランティア活動の問題点:未成熟なボランティア志願者による被災自治体への負担、不適切な援助物資による被災自治体への負担、地域間格差の問題、などの問題がある。

④ 提言・結論

・ 奥尻島の災害を契機に、港湾地帯においては、「津波」「火災」を念頭においた防災対策の充実を望みたい。

・ 震度5程度の揺れで液状化が発生した事実は、液状化危険度に関する概念とその対策についての見直しを迫るものであり、今後の大きな課題であるということができよう。

・ 今回の地震では、津波は早いところで地震の5分後に沿岸に到達している。、この警報伝達までに要する時間をなるべく短縮すべきである。

・ 今後、津波への避難を促進し、人的被害を軽減するためには、地震=津波という知識を徹底するとともに、津波の持つ破壊力とスピードを知ってもらうような広報活動が必要になろう。