報告書 平成5年釧路沖地震における住民の対応と災害情報の伝達
1993年7月1日発行
① 災害の概要
平成5年1月15日、釧路沖深さ107キロでマグニチュード7.8の大地震が発生した。釧路市が震度6の烈震に襲われたほか震度4~5の揺れが各地を襲い、釧路市の被害は大きかった。
② 調査の内容:
釧路沖地震に関するアンケート調査、平成5年3月、緑ヶ丘5丁目;130、緑ヶ丘6丁目;349、武佐1丁目394、総計873、調査票配布数:1,200表、回収率:72.8%
③ 主な結果
釧路沖地震の被害の特徴:
地震火災の発生:釧路市内の9ヶ所で火災が発生したが、そのどれもが延焼火災には発展しなかった。9件のうち5件がストーブに起因する火災であった。
大量の人的被害:死者は2名だったが負傷者は478人(うち重傷52名・軽傷426名)にのぼっており、負傷の内訳はヤケド152名(27%)、切傷129名(23%)、打撲104名(18%)の順になっている。
地震のとき市民はどう行動したか:
地震発生直後の行動の特徴:「様子をみていた」(23.6%)、「動けなかった」(17.5%)も少なくなかったが、一方、「戸口に立った」(15.7%)、「窓を開けた」(32.0%)「家具を押さえた」(23.6%)、「身を支えた」(6.6%)、「他者の身の安全」(16.7%)などが非常に多くなっている。
被害状況への対応行動:被害状況としては、「食器棚から食器が落ちてこわれた」(88.3%)、「家具が倒れた」(57.2%)、「壁にヒビが入った」(55.6%)などがある。
地震発生直後の住民の情報行動とその問題点:地震発生時に役に立った情報の第一は、いわゆる「安心情報」の類であったという意見が多かった。
通信の障害と問題点:
異常輻輳の発生:輻湊は、20時半頃から始まり、翌日の0時すぎまで続いた。全体の7割近くもが輻輳を経験していた。
異常輻輳の影響:電話の輻輳は119番通報を困難にしてしまった。いちじるしい電話の輻輳は、市民のあいだの連絡不能を招いただけでなく、防災上必要な通信にも大きな障害になった。輻輳を緩和するには呼数を減らすことと通話時間を減らすことの2つの方法がある。
電話施設の被害: NTT釧路支店の設備被害としては、地震によって、白糠町和天別国道38号線を通る光ケーブルの市外系および市内系3522回線(うち市内系157回線)が切断した。ただし、この被害は、ただちに迂回路により代替したため、その3分の2の通話は確保された。
④ 提言・結論
家庭内災害:重軽傷者の大多数は、家庭内で被災したものである。家具の下敷きになった人、ガラス破片で足に大けがをした人、火傷を負った人などが目立った。
ライフライン災害:地震とともに各所で停電、断水、ガスの供給停止など、ライフラインの被害が発生した。また、電話の輻韓も著しく、地震発生当日の深夜まで続いた。
地盤災害:
液状化災害:各所で地盤の液状化による被害が発生した。釧路港の岸壁では、地表に多数の亀裂や段差、陥没を生じた。
道路の損壊:道路も各所で損壊した。厚岸町では、国道44号線路面が陥没、車4台が転落した。
宅地の地盤崩壊:釧路市東部の丘陵地帯にある住宅地では崖の先端部分に盛土をして造成された宅地に大きな被害がでた。この災害も、いわば開発が招いた災害であり、湿原などを野放図に開発することへの大きな警鐘となったということができる。