報告書 水害時の避難と情報行動-1989年茂原水害に関する調査報告

1990年12月1日発行

① 災害の概要

1989年7月31日夜から8月1日にかけて、千葉県南部を集中豪雨が襲った。総雨量217mmに達し、茂原市では市内中心部を流れる一宮川や豊田川で氾濫、730戸が床上浸水、1,641戸が床下浸水、道路・がけ崩れなどが110箇所、下水処理場などの公共施設にも大きな被害をもたらした。総被害額は73億7千万円に上った。茂原市地域防災計画の基準に基づいて、大雨洪水警報が発令され、市役所では防災行政無線を通じて市内全域に警報発令を広報した。

② 調査の内容

調査時期  1990年2月22日~2月28日

調査地域  千葉県茂原市

標本抽出法 茂原市役所が調査した浸水地域の被害者リストの中から一段無作為抽出法

調査対象  抽出された主婦350名

調査方法  個人面談調査法

有効回収数 270(回収率77.1%)

③ 主な結果

警報への接触、不安、対応行動:

朝7時ごろ大雨・洪水警報を「聞いた」人は全体の過半数程度であり、発令後一時間以内に「聞いた」人は圧倒的に「テレビ・ラジオのニュースから」と答えており、マスメディアのの即効性が認められた。「午前中に」聞いた人はテレビ・ラジオ、防災無線、市役所の広報車を通じてが、ほぼ同程度に挙げられている。「家から外の様子を見た」、「外に出て回りの様子を確かめた」など状況再定義に関わる情報行動が中心だった。警報受容後、過半数の人は誰とも連絡を取らず、誰からも連絡を受けていない。

浸水時の心理と避難行動:

浸水し始めたとき、自宅には回答者本人自身の95%がいた他、夫がいた家は48.1%、子供がいた家は50.6%などとなっていた。浸水に気がついたときの身の危険を「強く感じた」人と「やや感じた」人で半数強を占める。6割近い人が「家財道具や店の商品などを高いところに上げた」と回答し、浸水に伴う財産保全行動を取っていた。「外に出て回りの様子を確かめた」という情報探索行動を取った人も約3人に1人の割合でいた。全体として浸水時のコミュニケーションはそれほど活発に行われていたとは言えない。伝達先で最も多かったのは「外出中の家族」であり、「実家・親族」がこれに次ぐ。

避難指示と避難行動:

 茂原市の対応は迅速であった。住民に対する茂原市の避難指示の伝達方法は、(1)防災行政無線、(2)広報車(市、警察、消防各機関)、(3)市、警察、消防職員及び水防団員からなる伝達、の3通りであった。調査対象者の8割が避難指示を聞いており、情報源として最も有効だったのが広報車であった。「隣近所の人」、「市役所の職員」が多く、ほとんどが直に伝えられたものであり、電話の占める比率は低い。自宅にいた半数が避難し、その約半数強が「指定された避難場所」に避難し、全体の7割が「徒歩」で避難している。避難した要因は、警報を聞いたときに身の危険を感じた程度、浸水の被害程度、浸水に気づいたときに身の危険を感じた程度、水害当日の特定の家族構成、が主なものである。 

④ 提言・結論

(ア) パーソナルな情報ネットワークからの受容と対応行動との関連が認められた。災害が日中起こった場合、主婦を中心としたネットワークという形で情報連絡は生じやすいので、隣近所という小さなネットワークごとに適切な行動指示情報を投入することが重要な課題となる。

(イ) 被災経験が対応行動に及ぼす影響力はかなり複雑であり、被災経験の質にまで踏み込んだ分析が今後必要となる。避難するか否かの決定に災害対応システム側はほとんど関与せず、誰とも相談せずに世帯ごとに孤立的に非避難の決定がなされていたと見なすことができる。