報告書 災害多発地域における災害文化の研究

1990年3月1日発行

①災害の概要

地震・津波・台風などの自然災害の多発地帯には、災害発生の兆候や災害時の対処法などに関して独自の知識や技術が発達しており、こうした防災の知恵は、「災害文化」と呼ばれる。一般に災害文化は、被害を軽減させるうえでは非常に有効であるが、数百年一度といったサイクルの大災害には無力であり、場合によってはかえって被害を拡大するようなケースもないとはいえない。

②調査の内容

桜島噴火に対する住民の対応:鹿児島市東桜島支所内から500名、鹿児島郡桜島町から1000名、世帯主またはそれにかわる人、1988年3月、留置・自己記入法、回収数(率)950(63%)

三陸地方の津波災害文化に関する研究:回答者266名(男性208名、女性58名)

災害意識と災害感(1988年高知市・土佐市調査報告):1988年2月中旬から3月中旬まで、高知県高知市および土佐市在住の成人男女、高知市148名、土佐市130名、アンケート調査票を配布、回収。

③主な結果

桜島噴火に対する住民の対応:「狭義の天譴論」に対しては、共感する人が、桜島・東桜島地区とも1割程度、また「自然の仕返し論」は2割弱であり、逆に「災害自然現象論」に共感する人は、桜島町77%、東桜島地区78%といずれの地区も8割の高率だった。「運命論」への共感度は比較的高かく、「災害にあって生きるか死ぬかは、一人一人の定められた運命によって決まっている」という意見に共感する人は、桜島で44%、東桜島地区で55%のぼった。

三陸地方の津波災害文化に関する研究:三陸津波史の教訓として、津波は周期的に来週する、津波を伴う大地震の前年は常に大漁である、津波は大地震後20~30分でくる、津波来襲の前に大引潮があり大音響を伴う、大漁後の大地震には高所に避難する、高所に住居を設くる、海岸に樹木を植える、引潮に注意する、早く避難し物に執着せざること、などが記されている。それ以後の教訓、地震はなくとも津波は生ずる、大引潮がなくとも津波は襲来する、などを付け加える必要がある。田老町の「津波に対する日常心得」でも同様の項目をあげている。津波警報の伝達、津波応急対策などについても町のシステムは整っており、避難の勧告や指示についても対応策は十分なようである。田老町にあっては津波災害の経験は津波文化として、施設とか設備面にわたって現実化されているといえる。

災害意識と災害感(1988年高知市・土佐市調査報告:今回の調査では.「天譴論」への共感の数字は10%を越える数字になっている。また「災害自然現象論」に共感しない人がかなりの割合で存在する。「運命論」への共感は35%という値になっている。「1981年大船渡調査」では、「運命論」に対して肯定的な見方をしている人の割合は、64%という数字になっており、「運命論」への共感の強さは特定の地域における特殊な現象であるとは考えにくい。

④提言・結論

災害に対処するためには、冷静にものを見る目と合理的な姿勢・意識が必要とされる。災害意識・災害対応行動に関して非合理的、「神話的」側面を強調しすぎるのは問題である。だが、一方で、そのような側面を全く無視するのも、また誤りである。過去の災害の歴史と現在の状況を冷静に分析してみるならば、そこに数多くの非合理的で常識的にほ理解不可能な現象・出来事を見出すであろう。また、深刻な災害経験がすぐに過去の出来事として忘れ去られてしまうことも不思議な話である。さらに、災害の危険性が認識されつつも、それの対応が積極的にすすめられていないという状況がみられるのも、不可解である。災害と人々との関わりあいについてその実情を正確にとらるならば、いま述べた二つの側面を同時におさえる必要があろう。その意味では、「災害観」に関する研究・調査は大いに重要視されてしかるべきはずである。「災害観」の構造・実態が明らかにされ、人々の災害意識・災害対応行動全般との関わりについて多くの事がわかるようになれば、研究上の意味においても、また防災対策上の観点からしても、我々は大いに前進することになる。研究・調査のデータ・成果の蓄積がこの後も絶えることなく進められていくべきである。