報告書 1983年5月日本海中部地震における災害情報の伝達と住民の対応
1985年3月1日発行
① 災害の概要
昭和58年5月26日に発生した日本海中部地震は、東北北海道を中心に家屋の全半壊、道路の決壊、ガス・水道施設など各種の被害を与えたが、特に日本海沿岸に来襲した津波による被害は甚大であり、死者104人のうち100人がその犠牲となった。とりわけ秋田県の人的被害は大きく、港湾作業員40人、遠足中の児童13人など、県内死者総計82人、うち津波による人的被害は79人にのぼっている。
② 調査の内容
秋田県能代市民の対応:能代市旧市内、20歳~69歳の男女1,000名、1983年7月15日~22日
秋田県八森港における住民の反応:津波被害に遭った住民20名、1983年7月12日~16日
③ 主な結果
日本海中部地震における津波警報の発令:日本海中部地震は1983年5月26日12時00分に発生したが、その10数分後、日本海沿岸各地に津波警報あるいは津波注意報が発令された。
行政機関による津波警報の伝達:仙台管区気象台が発令した津波警報は、秋田県では、秋田地方気象台、各種関係機関を経て住民に伝達された。各市町村は、津波警報についての広報を速やかに行い、各放送局も津波警報の発令を放送した。
津波警報に対する住民の対応:能代市全体では津波警報で避難した人は36%にすぎなかった。青森県では2町2村に避難指示が発令され対象者総数26,753人のうち18,717人が避難している。秋田県では1市2町に避難指示が発令され対象者数18,300人のうち避難者は931人と5.1%である。
災害放送の実態:「地震・津波の規模、発生場所、今後の見通し」などの災害因情報については、どの局も気象台を主たる情報源として利用している。
情報別にみた報道活動の実態:NHK秋田放送局では、地震当日も翌日以降も、テレビ、ラジオとも「地震・津波の被害」および「行方不明者の救出捜索状況」を最重点に報道したと答えている。秋田放送では当日のラジオを除くと、「行方不明者の救出・捜索状況」の報道に最も大きな重点が置かれ、「地震・津波の被害」がこれに次ぐ。
災害放送と住民の情報ニーズ:日本海中部地震の当日に能代市民が知りたかった情報で最も多かったのは「余震や津波の今後の見通しについて」(54.8%)で、以下、「水道・ガス・電気の復旧の見通しについて」(53.3%)、「地震・津:波の規模や発生場所について」(42.5%)、[家族や知人の安否について」(40.9%)、「地震・津波の被害について」(34.3%)と続いている。
④ 提言・結論
津波警報の早期発令:仙台管区気象台が地震発生後14分で津波警報を発令したが、青森県深浦町では津波警報が発令される以前に津波の第一波が来襲した。できるだけ速く警報を発令できるよう、地震の震源確定から津波警報発令までの迅速化、および所要時間の短縮をはかる必要がある。
津波警報文の再検討:秋田地方気象台から関係機関に通知されたのは、「ゴクオオツナミ」という略文であり、分かりにくかった。津波警報をだれにも理解できるものに変える必要がある。
住民への警報伝達体制の整備:能代市や男鹿市では、住民に津波警報を伝達するのに広報車を使用し広報車から津波警報を知ったという人はわずか2パーセントしかおらず、改善が必要である。
津波意識の啓蒙:能代市では「大地震の後は津波に注意する」という一般的知識をもちかつ津波を警戒していた人は9.4%であり、地震が発生したら津波に注意するという意識の徹底や避難訓練の実行など、住民の津波意識の啓蒙が必要といえる。