報告書 東京駅八重洲地下街の通行量及び地下街利用者の実態
1981年2月1日発行
① 災害の概要
昭和55年8月18日午前9時56分、静岡駅前の地下街でガス操発による大事故が発生した。その25分ほど前最初の小さなガス爆発があり、通報によって消防・警察などが現場に急行し、直ちに地下街に対しては避難の指示を出したが、野次馬等も集まりかえって群衆の数を増したところへ2回目の大爆発がおこり、人身の被害は死者が14名、重軽傷者199名にも及ぶ大惨事となった。巨大都市東京においても、極度の人口集中と地価の高騰からビルの高層化が進むと同時に地下街が発展しつつあり、現在では総面積約10万9000m2に及ぶ。静岡駅前地下道のガス殊発と同様の事故がそこで発生したならば、その惨禍はまさに戦慄すべきものになると考えられる。
② 調査の内容
東京駅八重洲地下衝を対象とし、通行量調査(東京都やエス地下街出入り口総人数のカウントによる、54.4万人)と地下街利用者に対するアンケート調査(対象者のランダム選択、アンケート記入依頼による、839名)を実施した。
③ 主な結果
通行量調査:通行量総数は、平日の8月29日で約24万7千、土曜日には約18万5千、日曜日には約11万2千人であった。平日の通行量の最も多い出入口は八重洲中央口、次いで八重洲南口、八重洲北口、日本稚通り越前屋ビル側という順となった。金曜日は通行量のピークが1日のうち3回あり、8:30-9:00、12:30-1:00、5:30-6:00の時間帯がそれである。ところが土確日には8:30-9:00と12:30~1:00の2回のピークがあるだけで、夕方の時間帯にピークはない。日曜日には、1日を通じて通行量がほぼ平均している。地下街利用者を性別にみると女性よりも男性が多く、金、土の男女比はお上そ2:1、日は女性がやや増え、男女比は3:2となっている。通行量は昭和46年よりも明らかに減少している。通行量の総数においても減少しており、ほとんどの出入口においても減少している。
アンケート調査
関東大震災級の地震におそわれた場合、地下街でどのような被害が生じるかは地下街の中にいる人々がとる行動の仕方によって影響される。地下街自体は無事であったとしても、人々が極度の混乱状態に陥った場合、何らかの大きな被害が発生する可能性があり。
「大地震が発生した時には、この地下街はあぶない」と感じている人が調査対象者全体の8割近くにも達しているなど、地下街に対する利用者の潜在的な不安感(危険予想)はかなり深刻と考えられる。不安感の増大という現象は、東海地震を含めた地震全般に対する社会的な関心がここ数年来一般に強まりつつあるという事情によるものとも考えられる。
男性と比較して女性では、「(この地下街を)安全だと思う」と答えた人の割合が低く、反対に「危険だと思う」と答えた人の割合は男性よりも明らかに高い。男性よりもとくに女性の方が地下街に対して不安を感じる傾向にある。また、年齢と不安感との間の相関関係をみると、一般に若い年代の人々は、年配の人々にくらべて不安感(地下街に対する危険意識)の感じ方が強い。予想される危険について、「火災が発生し煙にまかれること」をあげている人が最も多く70%以上もの人が火災が危険だと答えている。次いで2番目に人々が心配しているのが「人々が我先に出口へ殺到しパニックが起こること」である。
④ 提言・結論
自己の行動の予想として、災害が突如発生したというような緊急事態で、自分は一体どう行動するだろうかについて最も多いのが「しばらくその場で様子をみる」という人が33%で最も多く、また、「階段を探す」という人が21%、「階段を上って地上に出る」という人が26%あり、階段から外へ脱出しようとする人々が半数近くいる。自分自身はしばらくその場で様子をみるような人々をパニック的な同調行動に導かないためには、彼らを担当者の指示に従って行動させることが必要となる。そのためには、担当者の誘導訓練が必要であるばかりではなく、日頃から、通行人に、災害時には担当者の指示に従って行動するようアピールし、「指示に従う」という人を増加するように努力せねばならないと考えられる。