目黒公郎編 『 関東大震災と東京大学 教訓を首都直下地震対策に活かす』 東京大学出版会

Book Review


酒井慎一
2025年3月1日

 この書籍は、2023 年夏に東京大学で行われた「大正関東地震100 年シンポジウム」の内容がまとめられたものである。大正関東地震の発生から100 年が経過し、学術や技術は飛躍的に進展してきた。関東地震と東京大学とのかかわりを主なテーマとして、シンポジウムが企画された。そこでは、様々な分野の研究者が一堂に会して、災害や防災、復旧や復興といった問題について、多様な視点からの議論がかわされた。首都直下地震発生の切迫度が増しているといわれているが、現在の東京で同規模の大地震が発生した際には、どのような被害が生じるのだろうか。耐震基準や防火対策が施された現在の都市では、100 年前のような大きな被害は生じないのだろうか。あるいは、巨大化し複雑化した都市システムの下に、当時存在していなかった新たな問題が潜在しているのかもしれない。
 この地震が発生した1923 年当時は地震学の黎明期で、まだ地震が地下の断層運動であることは知られていなかった。その32 年前の1891年に発生した濃尾地震では、多くの被害が生じたため地震の調査研究の必要性がいわれ、震災予防調査会が発足していた。そこでは、何が起きたのか、どんな被害が生じたのか、現象の調査と記述および過去の文献調査に重点が置かれていた。しかし地震がどんな自然現象かがわかっていなかったため、今後どんなことが起きるのかを科学的に予測することはできなかった。
そのような状況の中で関東地震が発生して、さらなる大被害を生じさせてしまったことで、地震災害を軽減する方策を研究する必要性が高まった。そこで、地震そのものの研究から始まり、地震によって生じる現象の解明、そして、地震による被害を生じさせない方法の探究を行う専門の機関として、地震研究所を東京大学に作ることになった。
 関東大震災は、日本の地震学と地震災害の被害軽減方策探究の大きな転換点であり、その後の100 年で多くの進展があった。その一方で新たなる疑問も増え、地震発生を予知することが困難であることは、多くの研究者たちのコンセンサスとなっている。現在、地震による被害を軽減するためには、地震発生で生じる現象を推定し、その結果、どんな被害が生じるのかを想定し、その被害を軽減するために有効な手段をとることである。地震が断層運動であるとわかったことで、被害を定量的に推定することができ、適切な対策を取ることが可能になったのである。ただ、その当時の環境だから生じた被害もあれば、100 年経過した現在も同じような被害が生じてしまう事柄、逆に現在の都市では、より一層被害が拡大してしまう事象もある。今後、確実に発生すると懸念されている「南海トラフ沿いの巨大地震」や「首都直下地震」に対して、我々はどう立ち向かうべきなのか。そんな学ぶ姿勢を示した重要な書である。